要するに、自分の目線は自分で選ばなければならない時代になったのである。それはいわばカフェテリアみたいなものだ。これからの教育は空っぽのトレイしかくれない。どんな料理をトレイの上に載せるかは本人次第だ。インターネットの世界では、どこをクリックするかによって次の世界が全く違ってくる。最新の専門情報にアクセスすることもできれば、高度な学術の世界に入ることもできるし、ひとつ間違えばポルノの世界に迷い込む。

世の中がカフェテリアになれば、教育もカフェテリア形式になっていかざるをえない。自分で料理を選ぶことのできる人間は、中学で大学クラスの勉強ができるようになるだろう。逆に、自分で料理を選ぶ判断力がなく、受け身でお仕着せの教育に甘んじている人間は、どんどん世界から置いてきぼりを食ってしまうのだ。