お金が欲しければ、お金を追わないこと

では、上役が指摘した私の「値打ち」とはどんなものか。

コンサルティング能力と信頼を得る能力は、優秀なコンサルタントとしては必須の条件である。場所がオーストリアであれ、ブラジルであれ、その点は変わらない。

言語力はどうか。たとえばオーストリアの公用語はドイツ語であり、ブラジルならポルトガル語。英語圏の人にとっては、ドイツ語やポルトガル語はマイナー言語だ。BCGの中でも、これらの言語を話せる人はそれほど多くない。

一方、日本語は?

英語圏の人たちにとって、日本語は理解不能の“ニンジャ”語である。ドイツ語やポルトガル語どころではない。映画に出てくる忍者しか話せないような、極めて特殊な言語と捉えられていた。

しかも、私がBCGでコンサルティングをしていた81年から2000年は、基本的に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代だった。世界中に脅威を与えるといわれるほど日本経済には勢いがあり、世界経済に大きな位置を占めていた。その日本市場を守って育てることのできる人材は、BCG本社にとっても非常に重要だった。

「日本のことはBCGに任せてほしい。堀紘一という男がいて、日本の事情はすべてわかる」

というセールストークを使うことができたからだ。実際に、ロンドンの事務所でもパリの事務所でも、日本に進出を希望する企業に対しての営業がうまくいったのである。

当時、欧米に本拠を置くグローバル企業も、世界のほかの地域のことはともかく、日本については不案内であることが多かった。日本人の支社長はいるけれど、いま1つ頼りにならない。そういうときこそ、真っ当なアドバイスをしてくれるコンサルタントが必要だった。

そこで堀紘一という男を調べてみると、日本で一番難しいとされる東大法学部を出て、ハーバード大学経営大学院をベイカー・スカラー(成績上位2%で卒業した者に与えられる称号)で卒業したという。会ってみると流暢な英語を使い、話は理路整然とし、顔つきは自信に満ちあふれている。だから信頼したい、ということになるのだ。

当時(いまだってそうだが)、BCGには高度なコンサルティング技術を身につけたアメリカ人などいくらでもいたが、彼らの中でも、日本語を流暢にしゃべれるコンサルタントは1人もいなかった。2つの条件を同時に満たす人材は、私だけなのだ。つまり、最も大きな有利に働いた要素は「日本語」だったということだ。