当たり前を見直す。震災後、節電のみならず生活習慣やモノの考え方を変えた人は少なくないだろう。

私は健康オタクの度合いが増した。酒量を減らし、週2回のプールも欠かさない。今、こうして普通に毎日を送れることを本当にありがたく思うのだ。自然、育ててくれた親への感謝の気持ちも強くなった。

……言い訳にも何にもなっていないが、今回、父の著書を紹介する暴挙をお許し願いたい。

本書は、映画監督大島渚の未刊行のものを含む過去の著作を丹念に集めたエッセイ集である。

第一章は若き日の評論。『青い山脈』『ひめゆりの塔』の巨匠、今井正や『からっ風野郎』の増村保造ら当時のビッグネームを滅多切りにしている。後年、作品を分析的に語ることを嫌った大島だが、この頃はむしろ理屈や技法に大いにこだわって映画と向き合っていたようだ。

しかし、それにしてもである。

「今井正下手くそ説について」(「映画批評」1958年10月号)を書いた時点で、大島自身まだ一本も映画を撮っていない26歳の若者なのだ。何たる傲岸不遜! この、小気味いいほどの上から目線は、「高峰秀子はいい奥さんか」「山本富士子と日本の退廃」といった、当時明らかに格上の俳優さんについて書いた文章にも通底している。

「リリシズム」という甘い響きにふさわしいのは2章の後半から3章にかけてだろう。アンジェイ・ワイダ、大庭秀雄、武満徹、美空ひばり、ビートたけしといった同時代人たちとの交友、本人との微妙な関係が優しい筆致で描かれている。

お笑いの人たちが楽屋裏の意外な人間関係をテレビで披瀝することがあるが、映画の世界は誰と誰がどうつながっているのか、一時代前ではあるがなかなかに興味深い。個人的には、本人が助監督の時代に、同僚とともに淡島千景さんの前で正座させられ、説教されたエピソードが痛快だった。

編者による解説は短いあとがきのみであり、大島渚を全く知らない人の入門書としては、やや難解かもしれない。多少なりとも時代背景がわかっていれば、前半の硬い文章を含めて楽しく読めるだろう。

「私はすでにまぎれもなく死の方向に向かって歩いている。人並み外れて酒を飲むのも一種緩慢な自殺を図っているのかもしれない」(「朝日新聞」1971年)

チェ・ゲバラらの夭逝を引いて革命家は40歳までに死ぬべきと公言していた大島の39歳のときの文章だが、これには息子として反論したい。

緩慢な自殺とは何事か! 飲みすぎて倒れて15年の要介護生活。母に悪いとは思わないのか。俺は貴方より何一つ秀でたものはないけれど、家族へのエチケットはわきまえているぞ。

映像や言論を通して世の中の不条理と闘い続けた大島渚は、ここに至って自分の生を制御できない不条理に挑んでいる。闘いはまだ終わっていない。