「再開を待っていました」「応援します」

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「三陸おのや」の新聞広告(小野食品提供)。 ウエブサイトは http://www.shop-onoya.com/

2011年3月11日、大津波が三陸を襲う。大槌町に建てたばかりの新工場は津波に呑まれ、完全に消滅した。釜石の本社工場も一階部分が壊滅し、操業不能となった。娘の結婚式で東京にいた小野さんは、5日後に釜石に帰り着く。

「その3月末が大槌工場の建設費の支払いだったんです。経理は『先延べしてもらったら?』とか言っていたんですが、『駄目だ、再建するときにまた頼むんだから、全部ちゃんと払え』と」

小野食品は急ピッチで釜石本社工場の再建に取り組み、3カ月後の6月20日に操業再開を果たす。小野さんは振り返り、壁に掲げられた大きな紙をじっと見た。そこにはコールセンターに寄せられた多くの顧客からの声が貼り付けられていた。食材への感想や注文に混じり、「再開を待っていました」「応援します」という文字も見える。5000人近い全国の「三陸おのや」ファンからの声が凝縮されている。

「これは2011年7月末のお客さんの声なんです。震災後に再開した最初の月です。印象深いものがあったのでここに貼り出しているんですけれど、これは毎月やっているんです。商品の改良に結びつけたり、サービスの改善につなげたり、大事なヒントになっています」

操業を再開したとき、それまでつきあいのあった問屋の多くが、供給元をすでに他に求めていたという。

「岩手も宮城も、被災した水産加工業界の今の売り上げは、平均するとだいたい震災前の5~6割です。その中で、おかげさまでうちの今年3月期の年商は約14億円、震災前以上になりました。それができたのは、(BtoBからBtoCへと)ビジネスモデルをまるっきり変えたからです。われわれ自身が過去にしがみつかずに、ロジカルに自分たちの今を見つめながら『お客さんが戻ってこない事業は何か』『震災前と比べても減ってない市場はどこなんだ』ということを調べ、整理することができたんです」