人は自分で苦しみをつくり出している

お行はどん底にいた私を救ってくれました。今度は私が辛いときに助けられた言葉についてお話ししましょう。

毎年3回以上登拝する四国の最高峰、石鎚山にて。仕事以外の時間は行をしているというほど、お行を大切にしている。

お大師様の書かれた『性霊集(しょうりょうしゅう)』の中に「背暗向明(はいあんこうみょう)」という言葉があります。暗いほうに背を向けて明るいほうを向きましょうという意味です。私たちは悲しいこと、苦しいことがあると立ち止まってしまいます。暗い家から一歩明るいほうに出て、そして自然の中に足を踏み入れる。とても勇気のいることです。でも、暗いところばかりにいては何も変わりません。明るいほうを向くようにと諭すこの言葉が私は好きです。

それから、お行をして苦しいときは、同じくお大師様の書かれた『十住心論(じゅうじゅうしんろん)』の中にある「如実知自心(にょじつちじしん)」という言葉を思い出します。「悟りとは、ありのままの自分を見つめ受け入れること」という意味です。苦しいときというのは、神仏に試されていると思ってください。そういうときは、この言葉を思い出し、この一歩一歩が自分を見つめる一歩一歩なのだと思って歩いています。

11年10月、『女性のための般若心経』(サンマーク出版)という本を出しました。般若心経は、人それぞれに違うことが素晴らしく、あなたの生き方でいいのですよと教えてくれている。私はそう訳しました。

人は、どうしても自分と他人を比べてしまいがちですが、そこから妬みがおきて苦しみが始まります。誰が出世したとか、誰の仕事が評価されたとか、会社のはかりで見ると辛くなるときでも、少し離れて会社の上、空や天から見るとわずかな違いでしかないことに気づくでしょう。人は、心の中で苦しみを勝手につくり出して背負ってしまっているのです。

苦しみは、考え方次第で変わります。でも、考え方をいきなり変えるのは、大変なことです。だからこそ、場所を変え、自然の中に身をおいて自分と向き合うことが大切です。1人ひとりの生き方を尊重して、自分の歩幅で正しい道を一歩一歩積み重ねていけば、あるとき必ず花が咲くはずです。それを信じて、苦しくても、もがいていても、笑えるときがくるまで耐えて頑張ろう。私はいつもそう考えています。

作家・高野山真言宗僧侶 家田荘子
愛知県生まれ。日本大学芸術学部卒業。女優を志したあと、作家に。1991年「私を抱いてそしてキスして」で第22回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。99年得度。2007年僧侶となる。『聖地へ』『四国88ヵ所つなぎ遍路』など著書多数。
(田中ひろみ=構成 水野真澄=撮影 原田実和=ヘアメイク)
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