「片づけで人生が変わる」ロジック

冒頭で示した、ベストセラーとなった片づけ本では、宇宙の繁栄云々というような、人智を超えたいわば「スピリチュアル」なことがらへの言及はほとんど見られなくなります(やましたさんの著作に、ほんの少しだけ出てきますが)。

まず小松さんの『たった1分で人生が変わる片づけの習慣』をみていきます。小松さんは、「片づけるということは、過去に経験したことや体験したことに『かたをつける』」ことだと述べます。ただの「整理整頓」ではすぐに元通りになってしまうため、この「かたをつける片づけ」をしなければならないというのです。そして小松さんはこの「片づけ」によって、「現在の自分が変わり、『自分の思い描いている未来』を手に入れることができるように」なると述べます(15-17、31p)。

自分が変わるという点について、もう少し具体的に解説します。小松さんによると、片づけを始めるとぶつかる壁の一つが「『何を捨てて、何を残すか』『何が必要で何が不必要か』の線引き」だといいます。そして、この「線引きができない人は、『人生において何をしたいのか、が明確になっていない』」のだと続きます。このような意味で小松さんは、「『生きること』と『片づけ』は同じ」なのだと述べ、片づけを始めるにあたってはまず「自分は人生で何をするのか?」という「あなたのテーマ」を決める必要があるのだというのです(17、35p)。仮にテーマが見つからなくても、今述べたような線引きをしながら片づけを進めていくことで、「余計なものが排除されて、本当に大切なもの」が浮かび上がり、「埋もれていた『本当にやりたいこと』」が見つかるとも小松さんは述べます(36-37p)。

また、小松さんが述べる「出す→分ける→減らす→しまう」という「片づけの基本動作」は、仕事の流れと同様だとされます。つまり、「やってくる案件に対して、優先順位を決め、何をどうするか判断し、減らして」いくという流れと同じだというのです。このような観点から、「できる人に片づけ上手が多い」といわれるのは、片づけに限らず、また仕事に限らず、このような基本動作が「習慣化」されているためだと説明されます(45p)。また、だからこそ片づけを身につけた人とそうでない人で、人生における差が徐々に広がっていくのだとも述べられます(16p)。

次に、近藤さんの『人生がときめく片づけの魔法』について見ていきます(同書には2巻がありますが、これは第一作の発展編・応用編にあたり、近藤さんの基本的な主張は第一作でほぼ出揃っています)。同書の冒頭では、近藤さんの示す片づけ法は「一度片づけたら、絶対に元に戻らない方法」だと述べられます。「正しい手順」で、「一気に、短期に、完璧に」、「劇的に」片づけることが近藤さんの示す方法のポイントです。そして近藤さんは、劇的な片づけの結果、「その人の考え方や生き方、そして人生までが劇的に変わってしまう」ことになると述べます(1-3p)。

なぜ片づけで人生が変わるのでしょうか。近藤さんによればこうです。「ひと言でいうと、片づけをしたことで『過去に片をつけた』から。その結果、人生で何が必要で何がいらないか、何をやるべきで何をやめるべきかが、はっきりと分かるようになるのです」(4p)。

率直にいって、小松さんとまったく同じだといえますが、もう少しみていきましょう。近藤さんの示す片づけ法は、「たんなる片づけノウハウではない」といいます。というのは、片づけという行為自体は単純なものですが、片づけの成否を分けるのは、片づける習慣や意識といった精神面に原因がある——つまり「片づけはマインドが九割」だと近藤さんが考えるためです。そのため近藤さんの示す片づけ法は、「いわゆる物理的な整理収納ノウハウではなく、片づけにおける正しいマインドを身につけて、『片づけられる人』になるための方法」ということになるのです。そして近藤さんは、本当に大事なのは収納法等ではなく、「その人自身の生活に対する意識や考え方であり、『何に囲まれて生きたいか』というきわめて個人的な価値観」にこそあると述べます(6-7p)。

今述べた部分もほぼ小松さんと同様のものだといえますが、近藤さんの主張の特異性はこの先にあります。具体的には捨てる基準についての話がそれで、小松さんが述べる基準は「使う/使わない」(123p)という必要性にもとづく基準であるのに対し、近藤さんが示す基準は「モノを一つひとつ手にとり、ときめくモノは残し、ときめかないモノは捨てる」、つまり「持っていて幸せかどうか」「持っていて心がときめくかどうか」という、感情がより重視された基準となっています(62-63p)。「ときめくかどうか。心にたずねたときの、その感情を信じてください。その感情を信じて行動すると、本当に信じられないくらい、いろんなことがどんどんつながりはじめ、人生が劇的に変化していきます。まるで、人生に魔法がかかったかのように」(170p)というわけです。

また、近藤さんが片づけの結果としてイメージするゴールも、仕事ができる人を事例に持ち出す小松さんとは幾分異なるように思われます。近藤さん自身の「平穏で幸せな生活」の描写は次のようなものです。

「清らかな空気が流れる静かな空間で、あったかいハーブティーをカップに注ぎながら、今日一日を振り返る至福の時間。まわりを見渡すと、壁には海外で買ったお気に入りの絵がかかっていて、部屋の隅にはかわいいお花が生けてあります。そんなに広くはなくてもときめくモノしか置かれていない部屋で過ごす生活は、私をとっても幸せな気持ちにしてくれます」(49-50p)。

必要なものではなく、好きなもの(ときめくもの)に囲まれ、幸せな気持ちになれる生活——。ところで、なぜ好きなものに囲まれた生活が推奨されるのでしょうか。近藤さんは「部屋着」に関する箇所で次のように述べています。「誰に見られるわけでもない、だからこそ、最高に自分がときめく部屋着に着替えて、自分のセルフイメージが高まるようにするべきだと思いませんか」(98p)。近藤さん自身、著作の執筆時点で、自分自身に自信がないと述べています。しかし、自分の環境、つまり「本当に大好きで愛おしくて大切で、素晴らしいものに囲まれて生きている」ことには自信があり、「自分がときめくモノたちや人たちに支えられている。だからこそ、自分はだいじょうぶ」だと考えられるとも述べています(236p)。つまり、片づけの効用として、自己肯定する、自分を好きになることがあるというわけです。このような観点は小松さんには見られないものでした。