テラヘルツ波:被曝の恐れがない「ケミカル顕微鏡」

テラヘルツ波は、不思議な電磁波だ。電波と光の境界線上に位置し、両方のいいとこ取りをしたような特徴を持つ。電波のような透過性があるため、障害物(布や紙、木材、プラスチック等)を通り抜ける一方で、光と同じ優れた直進性も備えている。

レーザー光を超短時間照射/岡山大学工学部・紀和利彦准教授が開発中の「テラヘルツ波ケミカル顕微鏡」。

この性質を生かして、封筒を開けずに中身を調べる麻薬検査や、空港でのセーフティチェックなどでテラヘルツ波の実用化が進みつつある。テラヘルツ波ならX線と異なり、人体に当てても被曝する恐れがないのだ。

ただ、その存在は早くから知られていたものの、人工的に作り出すことが難しく、実用化にはなかなか至らなかった。ブレークスルーとなったのは、「フェムト秒レーザー発生装置」の開発だ。10兆分の1秒単位で極めて強いレーザー光を人工結晶や半導体に照射すれば、テラヘルツ波を思い通りに出せる。装置開発を機に研究に加速がつき、最近では半導体レーザーやダイオードなどで簡単にテラヘルツ波を出せるようになった。

このテラヘルツ波が今、ものづくりの最前線でホットトピックとなっている。例えばLSIなど超微細な品質検査、また食品パッケージ内の混入物の検査などへの応用が期待されている。さらに医療分野では、タンパク質などの反応を可視化する「テラヘルツ波ケミカル顕微鏡」の実用化に熱い視線が集まっている。

顕微鏡の開発に取り組んでいる岡山大学工学部の紀和利彦准教授は「がんワクチンなど抗体医薬の開発を飛躍的に進めることになるはずだ」と話す。

「抗体医薬の開発には、タンパク質の反応を精査することが必要です。この顕微鏡を使えば、タンパク質の反応だけでなく、イオンの動きも可視化できます。例えば細胞内でのナトリウムイオンやカリウムイオンの動態や、化学反応時のイオン流動も可視化できる。生化学分野での応用範囲は極めて広いと期待しています」

テラヘルツ波を使ってタンパク質の反応を可視化する試みは世界初。すでに日本とアメリカで特許を取得している。5年後にはパッケージ化された顕微鏡の提供が始まる予定だ。

(森 オウジ(がんワクチン)/稲泉 連(花粉症治療米)/竹林篤実(テラヘルツ波)=取材・文)
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