ユーモラスになるには「連想記憶」を鍛えよ

おやじギャグを非難する人も多いが、あまりおやじギャグを虐待しないでほしい。ダジャレは、側そく頭とう連れん合ごう野やの優れた働きに関係しており、非常に高度な「連想記憶」を要する。脳を鍛えるのでボケ防止にも最適だ。

ダジャレに必要な連想記憶は、1つの言葉に対して、その言葉の音に似た言葉を瞬時に思い起こす力のことをいう。高い連想記憶と、豊富な語彙があって初めて生まれるのがダジャレなのだ。

ダジャレを生むためにはまず、語彙が記憶されている側頭連合野に対し、前頭葉から、たとえば「『布団』という言葉と似た響きの言葉はないか?」というリクエストが送られる。そこで側頭連合野が、「吹っ飛んだ」という言葉を返してきて生まれるのが「布団が吹っ飛んだ」というダジャレだ。

前頭葉からのリクエストに対し、側頭連合野がどれくらい質と量に優れた言葉を瞬時に返してくれるかが、ダジャレの力になる。この、前頭葉と側頭連合野の間をつなぐ回路を、鍛えて太くしておかないと、ダジャレは思いつかない。普段から面白いネタはないかと考えることが、そのままトレーニングになる。

ダジャレの素晴らしさは「意味を超えていること」にある。人はどうしても意味にとらわれてしまうが、こうした固定観念から離れ、言葉の結びつきと関係性を発見するのがダジャレである。非常にクリエーティブな脳の働きなのだ。

小学生くらいの子供たちがダジャレをよく言うのは、語彙がどんどん増えていく過程で、言葉の間に関係性を見出すとうれしくなってつい言ってしまうからだ。その意味で、おやじギャグを言う人は少年の心を失っていないといえる。

うまく使えば、周囲をリラックスさせるためにも効果の高いおやじギャグだが、思いついたからといってところかまわず口にするのはいけない。私は「おばさん」の定義を無意識の垂れ流しをする人であると言っている。思いついたことは何でも実況中継のように口に出してしまう状態だ。おじさんの場合には、それがおやじギャグになる。コントロールをせず、無節操に垂れ流すのは、脳の老化現象の表れ。どれをいつ言うかについても頭を使い、慎重に考える必要がある。