穀物の世界で、“ボリス”と呼ばれる有名な日本人がいる。ボリス。1980年代、テニス界を席巻したボリス・ベッカーに由来する名の持ち主は、丸紅の食糧部門、食品部門トップの岡田大介常務である。穀物業界の表も裏も熟知する岡田は、“穀物マフィア”の1人で、その意志の強さを表すように、声はよく通り、言葉の歯切れがいい。

常務執行役員 
岡田大介

その岡田が今回、ガビロン買収に動いた。穀物メジャーの向こうを張るように買い付けをする岡田に対して、穀物メジャーの幹部は警戒のランプを点滅させ、牽制とも脅しとも取れる電話を何度もかけてきた。11年8月に丸紅が、中国の食糧備蓄会社「中国儲備糧管理総公司」(シノグレイン)との提携を発表したときも同じだった。同提携によって丸紅が世界最大の市場、中国を押さえようとする動きに、穀物メジャーの大物は苛立ち、岡田にこう言い放った。

「ボリス、おまえ、本気で俺たちと戦う気じゃないんだろうな」

こうした挑発的な声の一方、別の揺さぶりをかける穀物メジャーもあった。

「ボリス、カーギルとブンゲがおまえのことを怒っているけれど、こっちは大丈夫だ。いつでも取引に応じるよ」

岡田が、冗談ぽく、「この仕事は、命がけなんです」と言うように、魑魅魍魎が跋扈する世界なのだ。

日本の商社の中で、丸紅の穀物は、伝統的な強さを誇る。国内市場が頭打ちの中、市場を求めて海外へ進出するのは必然だった。ところが、海外へ出ていくと、これまで自分たちが売りさばいてきたトウモロコシや大豆が、世界的には、コモディティ化して、競争力がない事実に直面する。国内であった競争力が、韓国、台湾に持っていった途端になくなる。