8世紀、古代東北の英雄・アテルイの生涯を描いた小説『火怨』は、黄金を求めて支配しようとする朝廷に対し、人間の誇りを持って立ち上がる物語です。日本史では坂上田村麻呂がこの地を「成敗した」ということになっていますが、これを東北の民の側から描いた。おだやかに暮らしていた彼らは、アテルイをリーダーとして敵を滅ぼすためではなく、自分たちが「負けない」ための戦いを展開していく……。

高橋克彦には本書と『炎立つ』『天を衝く』の「みちのく三部作」があります。通して読むと、東北の壮大な歴史、この地に生きる民の誇りと気概を雄々しく謳いあげる興奮と迫力に圧倒されます。ぜひ3部作を読んでいただきたいですね。

『監督』もリーダーをめぐる小説です。主人公はプロ野球・ヤクルト元監督の広岡達朗。小説では「エンゼルス」となっていますが、最下位で低迷していたヤクルトが初優勝にいたるまでを描いています。やる気のなさが蔓延していたチームでしたが、広岡が監督に就任し組織を変えていく。彼は管理野球の最たるものとして批判もされましたが、やがてチームは勝っていくようになる。選手たちは広岡によって、あらたなことを教えられ「勝つことのおもしろさ」を知り、よろこびになっていく。「努力したさきに楽しいことがある」、それを知っていくんですね。

一転して、異世界ファンタジー小説『図南の翼 十二国記』を紹介します。『十二国記』シリーズは、一般向け文庫になる以前にジュニア向けの文庫として刊行されていて中高生に大人気でした。私もひとに勧められてはじめて読み、「自分の知らない世界がまだあったのか」と驚きました。

シリーズは1巻ごとに12の国を舞台にし、時代を超えて絡み合っていく物語です。さらに、うまいなと思わせるのは、1巻ずつ小説のジャンルを変えていることです。『図南の翼』はロードノベルですが、別の巻では戦国合戦小説になっている。12の国はそれぞれ異なりますが、市井の民、政治に翻弄される王、理想の国家をめざす官吏などさまざまな人間模様が描かれます。そして作品を貫くテーマは「ひとがひととして生きる本分とは何か」であり、さらに「真理とは何か」という太い問題です。私が息子に勧めた唯一の本ですが、世代を問わず訴えかけてきます。(文中敬称略)