涙腺を刺激する敗れざる者たちの志

小説を読んだからといって、いま直面している問題や悩みがすぐに解決することはないでしょう。小説にははっきりとした結論もなければ、また問題解決のための即効性もありません。それが小説の最大の弱点でもありますが、最大の美点でもあるのです。読んでから5年後、10年後に突然、あのとき読んだ本はこういう意味だったのかとわかる。じわじわと効いてくることがあります。

社会人野球をテーマにした『ルーズヴェルト・ゲーム』。池井戸潤には中小企業を舞台にした素晴らしい作品がありますが、社会人野球の背景には企業があり、いま厳しい状況にさらされています。この小説でもリストラ、会社存亡の危機のなか、因縁のあるライバルチームとの意地を懸けた戦いがはじまります。

タイトルは野球を愛した米大統領が語った「一番おもしろいゲームは8対7だ」からとられています。どんなに負けていても逆転のチャンスはある、追いつかれたとしても再逆転はある、「最後まであきらめるな」というメッセージです。これは、われわれの人生への励ましでもあるのでしょう。

『恐るべき空白』は、ノンフィクションです。1860年、オーストラリア大陸縦断に挑んだ探検隊の足跡を描いていますが、探検は悲劇的な結末を迎えました。砂漠地帯での渇きと飢え、大半の隊員が命を落としていった。

しかし探検から100年以上もたって、なぜ克明な作品が書かれたのかといえば、隊員たちが詳細な記録を残していたからです。記録係が毎日詳細な記録を書き、それをビンに詰めて砂漠に埋めていた。自分たちは死ぬとわかっていたのに。それは、自分たちが死んだあとにも「この世界は続いている」という確信があったからでしょう。次世代のために記録を残す、それは次なる世界への「肯定」がなければできないことだったのです。