しかし高橋が何よりも気になったのは、Tが先輩に嬉々として語っていた自慢話「こないだ六本木のクラブに女の子3人と繰り出しましてね……」だという。

「自分が楽しかった話なんかされても、聞いてるほうは『何がおもろいねん』って思うでしょ? 飲み会で盛り上がる話題は、ゴシップ、エロすぎない下ネタ、失敗談。聞き手の感想が『ええなあ~』より『アホやな~』で終わる話のほうが『しょうがないなおまえは。まあ飲むか!』とつながっていきますから。あと自慢話で座が白けた後、『なんですか、この空気!』と言ってましたよね? ああやって苦しい状況に自分からふれるのは、僕は違うと思います。それよりもオナラでもええから起死回生の一発に賭ける。上司の取り皿のコロッケに手を出して、『すみません。今、変な空気やったんで、僕どうかしてました!』とかね」

もちろん飲み会ではこうしたその場勝負の状況ばかりではない。「明日朝早いのに帰られへん、みたいなとき。そういうときは自分が出ようと思っている30分前に、『うわ~、もう行かなあかん! あ、でももう一杯だけ!』とアピールしておくんです。そうすると無理して30分おった雰囲気になる」と高橋は伏線を張る重要性も強調する。

職人芸のような数々の宴会術を神妙な顔で聞くT。盛り上げてコミュニケーションを取るのが目的の宴で、自分だけ気持ちよくなろうとしていたことに遅ればせながら気づいた――かと思いきや、「というか結局、先輩も上司も飲み会も面白いと思えないんですよ。それはどうすればいいんですかね?」とゆとり世代でも聞かない質問を言い放った。高橋の顔が一瞬白くなるが、そこは数々の修羅場をくぐった芸人、努めて冷静に答える。

「やっぱり一番の肝は、ほんまに楽しむこと。仕事のために飲み会に参加してると思っていると、しんどいじゃないですか。人間関係も同じで、まずその人のことをほんまに好きにならんかったら、好きにはなってもらわれへん。だから気分が乗らないなら、同席者の褒めれるところを1個ずつ探していったらどうですか? 娘さんの写真でもいいし、新しいネクタイでもいい。本当に何もなければ『家どちらでしたっけ? ああ、風水的にめちゃくちゃええらしいですね!』と定かではないことでもいいし。そうやってまず相手を楽しませることで、自分の感情を同調させるしかないでしょうねえ」

かように一流の芸人から有意義なダメ出しをさんざん浴びたTは、自分でも笑いを取れそうな気がしてきた。時折、脳裏に浮かぶのは小籔の言葉だ。

「僕ら芸人は、『ここでスベったら家族を路頭に迷わせる。絶対笑かそう』と覚悟を持って喋ってるわけで、一般の方が急に面白いことを言おうと思ったって、難しい。だから普段から実践することが大切なんじゃないですか。職場に限らず、食事中や休日に、『ここでスベったら家族が市中引き回しになるんや』と腹に力を入れて」

数々のアドバイスを反芻しながら、Tはとりあえずホットヨガ教室に通おうかな、と考えている。