ほとんど誰にも理解されずほんとに孤独だった

ところでそれと同じ時期、エリックは別のテーマにも取り組んでいた。『源泉』ですでに発表していたリードユーザーに関するものだ。

ユーザーイノベーションといっても一般のユーザーが行うわけではない。リードユーザーという特定のユーザーがイノベーションを行うのだというのが『源泉』での主張だった(※リードユーザーとは、平均的ユーザーより、はるかに先行したニーズを持っており、かつ、その新しいニーズに対して解決手段を提供するイノベーションを実現することで大きな便益の獲得を期待できるユーザーである)。同書の中でエリックはこのリードユーザーという概念の有効性を質問票調査で実証しているのだが、それを一緒に行ったのがグレン・アーバンだった。グレンは日本ではそれほど知名度が高いわけではないが、マーケティング研究(特に新製品の市場予測)の分野で知らない人はいないほどの超有名人だ。

エリックとグレンはマーケティングとイノベーションの接点について講義する授業を2人で担当していた。「グレンとは講義の合間によく話をしていて、研究者って話していると最後には研究の話になるもんなんだよ(わかるだろ?)。そこで僕がユーザーイノベーションのデータを見ていてリードユーザーという特定ユーザーの存在に気づいたという話をしたんだよ。その話を聞いてグレンは『データをそういう見方で見たことはなかった』と興味を持ってくれたんだ。それで2人でリードユーザーという概念を実際に測定してその有効性について実証しようという話になったんだ」。

そう解説するエリックに「(一流雑誌の)Management Scienceに採択されたやつだね」と僕が念を押す。するとおもしろい返事がきた。「最初はマーケティング分野の雑誌に投稿したんだ。ところが不採択さ(苦笑)。マーケティング研究者にとってユーザーはメーカーの作ったものを選択・購入し消費するだけの受け身の存在でしかなかったんだよ。だからユーザーがイノベーションするという考え方を受け入れ難かったんだろうなぁ」。

「グレンは不採択の手紙を見てどんな反応だったの」と僕。「いやー。驚いてたよ。マーケティングはグレンの専門分野だからね。もっと理解を示してくれると思ってたみたいだよ。仕方がないので研究開発系の雑誌に投稿することにしたんだ」。

さらにエリックによれば、「(これまで僕たちの研究はなかなか理解してもらえず)マーケティング系の雑誌にはひどい目にあったなー(苦笑)。MITの客員研究員だったルースジェと一緒にやったマウンテンバイクについての研究の場合は特に衝撃的だったよ。消費者の20~30%がイノベーションしてるという結果が出たのでマーケティング系の雑誌に投稿したんだ。そしたら返事が『消費者はイノベーションしない。消費者は消費する。以上!』だって。たった1行で終わる不採択レターだったよ(ススム、おまえがここで院生だったとき、僕たちの研究、ほとんど誰にも理解されずほんとに孤独だったよな)」。

少し時間を進めよう。そんな経緯ですでにリードユーザーが存在し、革新的アイデアを生み出すことは実証されていた。ただリードユーザーを製品開発に組み込む手法(リードユーザー法)が企業実務で有用かどうかは誰も実証していなかった。それを証明したのが3Mプロジェクトだった(※3Mプロジェクトとは、リードユーザーを活用して開発した製品のほうが従来の市場調査を使った製品よりも新規性と独自性が高く、販売実績も2倍以上になることを明らかにした調査。3Mの医療用画像解析製品の開発チームによる、リードユーザーを活用した製品開発をもとに明らかにした)。

エリックが語る。「ビジネススクールの教官だから自分の提唱した手法が実務で役立つかどうかに関心があるわけさ。当時、コンサルタントだったヘルシュタットとパイプハンガーを対象にリードユーザー法を応用したことがあったけど、その場限りの報告みたいになっていたんだ。その後も何社かでリードユーザー法を実践してもらおうと思ったんだけどうまくいかなくてね。そうこうするうちに、ある知り合いに紹介されたのが3Mのメアリー・ソナックだったんだ。3Mのプロジェクトは彼女の存在が大きかったよ。おかげでリードユーザー法を実際に採用してくれて、伝統的な方法と比較調査することができたんだ」。

「そういえば3Mプロジェクトのメンバーに(マーケティング研究者の)ゲリー・リリアンがいたよね。どういう経緯で彼が参加することになったの?」と尋ねる僕。エリックの答えは興味深かった。

「リードユーザー法の有効性を証明するのに、マーケティング分野ですでに権威を持っている研究者に入ってもらいたかったんだ。しかもユーザーイノベーションへのバイアスがかかってない人がいいと思ったんだよ。

エリック・フォン・ヒッペル教授の著書『民主化するイノベーションの時代』

グレンはすでに僕と研究していたからバイアスがかかっていると思われるから最初から声をかけなかった。ゲリーは昔から友達だったし、ユーザーイノベーションに対する偏見もなかったから声をかけたんだ。『調査を一緒にしよう』って言ったら、『いいよ』って感じだったよ」

3Mプロジェクトでリードユーザー法は伝統的手法に比べ新規性・独自性の高い製品を生み出し、高い販売成果を実現していた。この研究は厳格な科学的方法で検証していないと掲載されることがない一流ジャーナルに採択された。その意義は大きかった。リードユーザー法の有用性に疑問をはさむ余地がなくなったからだ。

その後、エリックの関心は企業・消費者からコミュニティ、国家という単位に向けられていく。その成果が彼の2冊目の著書『民主化するイノベーションの時代(Democratizing Innovation)』というわけだ。

(図版作成=平良 徹)
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