イノベーションの発生を説明する「情報の粘着性」

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ライバル企業間のノウハウ取引

このノウハウ取引の研究がきっかけとなり、エリックはイノベーションに関わる「情報問題」に興味を持つようになった。「実はライバル間のノウハウ取引についてアルコア社のトップと話していたときなんだけど、うちはライバルに工場の中を全部見せるよ、って言うんだ。どうして?と聞くと、だってどれだけ見たって、わが社のノウハウを理解することはできないからって(笑)。この話を聞いたとき、アロー(ケネス・アローというノーベル経済学賞受賞者)は情報を費用ゼロで移転できるって前提にしてるけど本当かなと思うようになったんだ。そこから出てきたのが『情報の粘着性(stickiness of information)』という概念さ」。

エリックによればメーカーは技術情報を、ユーザーはニーズ情報をそれぞれの活動場所で生み出している。そうした情報を発生場所からはがして、ユーザーが技術情報を、メーカーがニーズ情報を使いこなすのは難しい(つまりコストがかかる)。エリックは説明を続ける。

「情報が形式化されてなかったり、利用するために基礎知識が必要だったり、膨大な量を移転する必要があったりして発生場所からはがして移転し利用するのが難しいことがあるんだよ。そこでユーザーがそもそも技術情報に明るく技術情報の粘着性が低くて、メーカーにとってニーズ情報の粘着性が高い場合、ユーザーがイノベーションをするんじゃないかと考えるようになったわけさ。そう考えるとイノベーションの発生場所は『便益の大きさ』と『イノベーション情報の移転コスト(利用の難しさ)』の二つの要因から説明できるだろ。ススム、実際、君が集めたデータでもそうだったじゃないか」

彼の言うとおり。実は僕が博士課程の学生としてマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学したのは、エリックが「情報の粘着性」を提唱した直後だった。理屈としてはイノベーションの発生をうまく説明しているように見える粘着性概念なのだが、誰もその有効性をデータで証明していなかった。その証明を僕が日本のコンビニ業界で起こったイノベーションを対象に行ったというわけだ。