ブレークスルーする「気骨ある異端児」

私がトップになって始めた活動に本部長対話があります。事業本部、営業本部、研究開発本部のトップを毎月呼び、私と1対1で事業報告させます。人事、設備投資、海外戦略などの問題を聞き、できなかったことについては反省を聞きます。

私にはトップと部下の距離は短ければ短いほどいいという信念があります。距離が開けば関心も薄れます。馴れ合いはいけませんが、近い距離で話をすることは大切です。「顔色悪いけど、風邪引いてるんとちゃうか」などと声をかけることもあります。

だから師団長は絶対に手綱を緩めてはいけないのです。オフィシャルな経営会議の場でのやり取りでは見えなくても、差しで話せば感づくこともあります。住友電工のような規模の大きい会社だからこそ、こういう場で早め早めに問題を見極めていく必要があるのです。

部下にとっても、毎月差しでやるわけですから、与えられた仕事の計画を忠実に守ろうとする雰囲気が生まれます。

ところで私自身は、仕事で失敗したことがありません。秘訣は萬事入精です。あらゆる方法論を検討し、多面的に物を見るのです。もちろん苦悩はありますが、それを機会と捉えるかピンチと捉えるかは心の問題です。

最悪の時期を脱するため、あるいは最悪の状況に陥らないためには、自分の精神のインフラ、下部構造をしっかりしておくことが肝要です。今のビジネスマンはあまりに多忙ですが、金融はともかくメーカーは1秒、2秒を争うことに本当に意味があるのか。それよりも自分を陶冶(とうや)する時間が大切だと思います。

それがリベラルアーツ=教養です。非定常的、非日常的な事態に的確に対応できる精神の基盤は教養、特に古典に学ぶことです。歴史の中で何度も起こったことが格調高い形で蓄積されたもの、それが古典だからです。小説でも絵画でもいいから対峙し、それが持つテーゼに自問自答しながら自分の教養を深めるプロセスがあれば、自分が抱えている課題に何らかのヒントが得られます。

敵がどれだけあってもブレークスルーする馬力を持った「気骨ある異端児」であれ、と思います。そのためには、簡単に揺るがない心のインフラを整え、さまざまな角度から解決方法を出せなければなりません。

その源泉こそが教養なのです。

※すべて雑誌掲載当時

住友電気工業社長 松本正義
1944年、兵庫県淡路島生まれ。67年一橋大学法学部卒業後、同年住友電気工業入社。85年Sumitomo Electric Europe S.A.社長、92年自動車企画部長、96年中部支社長、99年常務、2003年専務を経て04年から現職。10年、母校一橋大学の後援会である如水会の理事長に。恩師である都留重人元一橋大学学長は、1947年の片山哲内閣で初の「経済白書」を執筆した戦後の経済学者として有名。
(斎藤栄一郎=構成 永野一晃=撮影)
【関連記事】
一家心中を覚悟した途端、怖いものがなくなった -雪国まいたけ社長
どん底から栄光までの10年の舞台裏
第一線3000人の苦闘【仕事・経済編】
「FXで1000万円が消えた」4人家族のどん底からの復活
地獄から這い上がった男のDNA -メーカーズシャツ鎌倉会長