苦しいときほど、「楽観は意志に属す」

私はあるラストマンの命がけの判断と行動により、命を救われたことがあった。本社副社長だった1999年、搭乗した国内線旅客機がハイジャックされ、刃物を持った犯人が操縦室に入り込んだ。機体は地上300メートルまで急降下。そのとき、乗り合わせていた非番のパイロットが操縦室に突入し、操縦桿を奪い返したのだ。彼は、傑出したラストマンだった。

組織もリーダーが強いラストマン意識を持てば、必ず復活する。日立も再生に着手してから2年、 構造改革の成果とともに、社会インフラ事業が新興国を中心とした需要増を背景に好調に推移し、11年3月期は20年ぶりに最高益を更新した。この間、再生に目途が経った2年目からは、社長職は中西宏明君に務めてもらった。最高益は中西君のラストマンとしての功績にほかならない。

異例の人事で本体に戻ったとき、私は再生について「やればできる」と思っていた。ただの楽観ではない。リーダーは「慎重なる楽観主義者(cautious optimist)」であるべきであるとの持論からだ。一見矛盾したいい方は「幸福論」で有名なフランスの哲学者アランの「楽観は意志に属す」という言葉に由来する。

未来の道筋を示し、みんなを引っ張っていくにはリーダーは強い意志を持たなければならない。「世界有数の社会イノベーション企業」へと舵を切ったのもそのためだ。苦しいときほど、楽観は意志に属す。困難に直面する今の日本に求められているのも、リーダーの強い意志と明確な意思決定ではないだろうか。

※すべて雑誌掲載当時

日立製作所会長 川村 隆
1939年、北海道生まれ。62年東京大学工学部電気工学科卒業後、同年日立製作所入社。電力事業部火力技術本部長などを経て、92年日立工場長、95年取締役、97年常務、99年副社長に。子会社の日立ソフトウェアエンジニアリング会長、日立マクセル会長などを経て、2009年日立製作所の会長兼社長に。10年から現職。同年から経団連副会長。
(勝見 明=構成 的野弘路=撮影)
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