本質を引き出して客に伝える

貪欲に変化に挑む一方で、たねやには誕生時のままの形で長く守り続けているものもある。商いに対する心得をまとめた和綴じの冊子「末廣正統苑」だ。

「末廣正統苑」は、かつては門外不出だった。

84年に東京に初出店する際、演劇塾・長田塾を主宰していた長田純氏の協力のもと、徳次CEOが先代から叩きこまれた商いの心得や近江商人の心を1年かけてまとめあげた「末廣正統苑」は、従業員必携の書。営業部滋賀総合店舗支配人の小玉恵氏は、「帰り着く場所」と呼ぶ。

「弊社には接客マニュアルはありません。以前はあったほうが楽なのにと思ったこともありますが、それを作らない理由は今ならわかる。急いでいるお客様には急いで差し上げて、ゆっくりと買い物を楽しんでいるお客様にはいろいろな説明をして差し上げるというように、接客に絶対の正解はありません。お客様をよくよく観察して、今、何を求めていらっしゃるのかを考えなくてはならない。そのための物差しが『末廣正統苑』なんです」

実務的なマニュアルを作れば一定のレベルは保てるが、上限が生まれる。たねやの接客に定評があるのは、無難で均質だからではない。従業員1人ひとりが自分の肌で感じたことを客に伝える努力を惜しまないように教育されているからだ。

従業員が朝と夕に唱和している「八つの心」のうち、とりわけ「装う心」は興味深い。意味するところは、商品の本質を引き出して客に伝える心。菓子には必ずその本質にふさわしい見た目やサイズ、パッケージがあるという考え方だ。

「理想はみかんの皮。見ただけで味がわかるし、土に埋めたらゴミにならない。過剰な事業が何一つない究極のパッケージです」(昌仁社長)