自分を磨くには自己の鏡となる「強烈な他者」が必要

<strong>茂木健一郎</strong>●もぎ・けんいちろう 1962年生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授。東京大学大学院理学系研究科修了。脳以外の分野では、最近『福翁自伝』を読み返し、「福沢諭吉のすごさに驚いた」という。
茂木健一郎●もぎ・けんいちろう 1962年生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授。東京大学大学院理学系研究科修了。脳以外の分野では、最近『福翁自伝』を読み返し、「福沢諭吉のすごさに驚いた」という。

男用の洗顔パックや眉毛キットが売られる昨今だが、化粧といえば、やはり女性の専売特許。「素顔ではなく化粧した顔こそが本来の自分の顔」という某・有名女流作家の“名言”の裏に、男には想像がつかない世界が広がっているのだろう。

なぜ化粧するの?

と女性に聞くと、「肌にいいからよ」「きれいになりたい」「気持ちがしゃきっとする」といった答えが返ってくる。大抵の男はそこで納得するが、脳科学者は違うらしい。「他者との関係性を探るという意味で、最近、脳科学で注目されるのが人の顔なんです。その顔を、毎朝鏡に向かって整えるのが化粧であり、脳科学的にその本質を洞察してみようと、カネボウ化粧品と行った共同研究の成果がもとになっています」と、茂木さんが本書成立の経緯を語る。

その結果、実に興味深い事実が浮かび上がった。女性は、素顔と化粧した顔では自分の顔に対する認知活動が異なり、化粧した顔は他者の顔として認識しているというのである。「化粧している女性は他者の視点から鏡の中の自己を見つめている。そうやって他者とうまく関わるための社会的知性を日々磨いているともいえます」。

では化粧をしない男性はどうすれば自分を磨けるのか。「女性が鏡の中に日々他者を見てわが身を振り返っているように、男性にも自己の鏡となる『強烈な他者』が必要です。そのためには、仕事でも何でも、ときには厳しい“アウェー戦”を経験してみてはどうでしょう」。

『化粧する脳』 茂木健一郎著 集英社新書 本体価格680円+税

そうしたアウェー戦の得意な(だった)人物として茂木さんが2人の名前を挙げた。一人目が白洲次郎。吉田茂の懐刀であり、かのGHQに「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた男である。そして二人目はバラク・オバマ米大統領。「彼のスピーチは完璧ですが、それは、すべての聴衆を『強烈な他者』として意識し、自分が発する一言一言が、彼らにどう伝わるかを計算しているからです」。

他者を意識することは他者を理解することにもつながる。女性は男性より他者への共感能力が高いといわれるが、男性にはなくてよろしい力ではあるまい。

「男は外でお金を稼ぎ、女は家を守るという価値観は崩れています。これからは両性具有的な人間が活躍する時代です」。男性が女「性」を具有するにはまず女性を理解しなければ。本書はそのための格好のテキストにもなるだろう。

帰り道、混んだ電車の中で鏡を見ながら睫毛カールに余念のない若い女性がいた。ああそうか、鏡の中にいるのは他者なんだから恥ずかしくないんだ、と思い、納得したのだった。

(交泰=撮影)