偏屈で変わり者。人当たりは“超”悪い。だから人前やマスコミには出たがらなかった。しかし、川上源一さんは戦後日本の経営者の中でもっとも個人能力が高かった人だと思う。(中略)4歳からヤマハ音楽教室に通わせて、10歳でピアノを買う。家庭における音楽教育の大切さ、豊かさを啓蒙して、いわばピアノが売れるべくして売るためのマーケティング戦略を仕掛けた。結果、日本の家庭のピアノ普及率は20%に達して、本場のドイツやアメリカを抜いて世界一になってしまった。川上さんのこうした着想は勉強して得た知識によるものではない。どうしたらいいか、いつも自分の頭で考えていた。孫子の「兵法」をこよなく愛し、唯一、それだけは自らの行動の糧としていた。