かつて日本人は果敢に海外に挑戦し、戦後の日本の繁栄を築いてきた。トヨタの豊田章一郎氏しかり、ソニーの盛田昭夫氏しかり。当時は絶対かなうはずがないと思われた米国の巨大企業に挑み、世界で最も難しい米国市場に果敢に乗り込んでいった。いまでは米国で操業する日本企業の95%が利益を出すまでになっている。私がコンサルタントを始めた1970年代はちょうど逆で、95%が赤字という血を垂れ流しながら、歯を食いしばってアメリカに何とか橋頭堡(きようとうほ)を築こうともがいていた。