全世界共通の給料を米ドルで支払われると日本人やドイツ人は割を食う。私が入社した頃は1ドル360円だったが、1987年には1ドル120円と3分の1になった。それでは適わないということでドイツのヘンツラーなどと計らって、「米ドルで世界共通」をやめて、世界の売上高で加重平均した「マッキンゼー通貨」で給料が決まる通貨バスケット方式を提案した。

業績をマッキンゼー通貨の単位で計算し、それをローカルの貨幣に換算したものが給料になる。実にブリリアントなアイデアだったが、それでも円高の勢いはすさまじく、ヘンツラーとともに最高の給料をもらっていながら、円換算した時の給料は毎年下がった。