相手の感情を推測・予測する

さて、感情の発生メカニズムが理解できたところで、話を「影響判断」に戻そう。前段の感情モデルに従えば、「影響判断」とは、相手の心の中で起きている一連の流れ(事象→スキーマ→解釈→感情)を、自分の頭の中で再現し、相手の感情(快・不快)を推測・予測するということである。

たとえば、あなたの上司が「職場は静かに執務する空間でなければならない」というスキーマを持っている場合、もし誰かが大声で雑談を始めたら、その影響(上司の心に生じる快・不快)を、あなたは以下のように推測するはずである。

【事象】大声で雑談している
【スキーマ】職場は静かであるべきだ
【解釈】自分の考えに反した行為だ
【感情】不愉快である

と、たぶんそんな流れであろう。一瞬のことで、ほとんど自覚さえないが、こうした一連の「相手の思考のシミュレーション」によって、私たちは、ある事象が、対象となる人物の感情にどのような影響を与えているかを、推測・予測しているのである。よく「相手の立場になって考える」というが、まさにそれを行っているわけである。

こうした推測・予測は、負の感情(不快)が懸念される場合だけでなく、正の感情(快)を創出しようとする場合にも行われる。たとえば、地道に頑張ってくれている部下に対して、上司が「いつもありがとう」とねぎらいの言葉をかけるとき、上司の頭の中では、部下の心の中で起きるはずの、以下のような「思考の流れ」がシミュレーションされているはずである

【事象】ねぎらいの言葉
【スキーマ】人から認められたい
【解釈】自分の努力が認められた
【感情】快い(嬉しい)

「人から認められたい」という願望も、またスキーマである。その誰もが持つ承認欲求を前提に置くことで、相手に「快」をもたらす行為を選択しているのである。

さて、ここまでは推測・予測が成功している事例を見てきたが、いつもうまくいくとは限らない。というより、至るところ失敗(というより「推測不全が生む不具合」というべきか)だらけというのが現実ではないかと思う。

家庭においてもそうだ。よくある光景でいえば、奥さんがご主人に対して「ゴミを出してきて」と言うとき、渋々ゴミ出しにいくご主人の内面に、以下のような思考の流れが発生していることを、ほとんどの奥さんはきちんと認識していない。

【事象】妻が「ゴミを出して」と言う
【スキーマ】夫の役割は外で稼ぐこと
【解釈】役割外の行為を要請された
【感情】不愉快である

ここにおいて推測不全が生まれているのは、奥さんにとって、夫のスキーマが理解できない(あるいはしたくない)ものだからであろう。確かに、今時どうかという気がしなくもない。しかし、その正当性はともかく、それに対する理解のなさが、推測不全を生んでいることは間違いないだろう。

一連の例からわかるように、相手の感情の正確な推測・予測には、スキーマの正確な理解が強く関係している。正確な理解があれば正しく推測できるし、理解困難なものに出合えば不全化する。最終的には「気配り」そのものの実行にも大きな影響を及ぼす、決定的な重要性をスキーマは持っているのである。

しかし、他人のスキーマの理解は、非常に難しい。私たちは、それぞれ固有の人生を生きてきており、多様な生活環境、多様な人生経験の中でスキーマを形成していく。つまり、人が1人いれば、1つのスキーマ体系が存在しているのであり、相互に正しく理解し合うことが難しいというのは、ごく当然のことなのである。

しかし「だから無理」と開き直って済む話でもない。以下、その強化に向けて何が可能か、少し考えてみよう。