Q 幸之助氏のリーダーシップの秘密はどこにあるのでしょうか?

【加護野】幸之助さんの有名な言葉に「3%のコストダウンは難しいが、3割はすぐできる」というものがあります。かつて松下電器は、トヨタ自動車からカーラジオの価格に関して毎年3%のコストダウンを求められていました。ところがコロナという戦略車種をアメリカに輸出するにあたり、ある年、3割のコストダウンを要求された。当然、松下の事業部は無理だと回答するつもりでした。しかし幸之助さんが事業部にやってきて、「3%だったらいままでの延長線上でのコストダウンになるけれども、3割も一気に下げるということなら製品設計の基本から全部考え直さざるをえない。だとすれば、3割は意外に簡単なのではないか」と言った。もちろん3割のコストダウンは簡単なはずがない。幸之助さんの真意は、現状の延長線上で満足するな、もっと深く考え抜け、というところにあったと思います。

松下電器の元副社長で、WOWOW元社長の佐久間昇二さんから、こんな話を聞いたことがあります。佐久間さんが乾電池を売るために旧西ドイツに赴任したころ、松下電器には、どこの国の市場でも自分たちの商品をもっとも高い値段で売るという原則がありました。しかし当時西ドイツには圧倒的シェアを持つボルタという乾電池メーカーがあり、それより高い値段で売ることは実質的に不可能。それでも原則を破って安く売ることは許されず、佐久間さんはそれこそ「血の小便」が出るくらいに考え抜いたそうです。その結果、乾電池を透明なプラスチックの什器に入れて新しさをアピールして、ボルタと差別化する方法を思いついたといいます。

このように原則を徹底させることも、目標を高く掲げることと同じ効果があります。困難な目標に挑戦するからこそ、努力もするし、知恵も出る。幸之助さんは「考えて考えて考え抜いたら、だいたい考えたとおりになる。結局そのとおりにならないのは考えが足りないだけである」と言っていましたが、そうやって考えざるをえない状況に追い込むことで人を育ててきたわけです。

最近でいうと、JFEホールディングスの數土文夫相談役も高い目標を掲げて社員を引っ張った名経営者です。數土さんはNKKと川崎製鉄の統合後、社長として15%の利益率という無茶ともいえる目標設定をした。そうなると思い切って事業の整理も行わなくてはいけないし、社員もNKKだ、川鉄だと縄張り争いする余裕がなくなる。まさに大きな目標を示すことで、小さなことにこだわる人たちの視線を上に向けさせたのです。実際にそれでJFEスチールは目標を達成した。企業統合という難しい局面でそれをやってのけたのですからすごいですよね。

従業員が驚くくらいの目標でいいのです。いわばショック療法。カルロス・ゴーンさんが日産自動車をV字回復に導いたとき、日産の人になぜ頑張れたのかとインタビューしたことがあります。そのときある方は、「こんなおじさんに会社を潰されてたまるかという思いだった」と打ち明けてくれました。そのように社員に思わせたゴーンさんは優秀ですよ。経営者の仕事は、みんなに好かれることではない。みんなが必死になって仕事をしてくれるよう仕向けるのがいいリーダーですから。

甲南大学特別客員教授 加護野忠男
1947年、大阪府生まれ。70年、神戸大学経営学部卒業。75年、同大学大学院博士課程修了。79年から80年までハーバード・ビジネス・スクール留学。専攻は、経営戦略論、経営組織論。近著に『松下幸之助に学ぶ経営学』など。
(構成=村上 敬 撮影=浮田輝雄)
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