リービ英雄(リービ・ひでお) 
1950年、米国生まれ。少年時代から台湾、香港などに住む。67年から日米往還を繰り返し、プリンストン、スタンフォード大学で日本文学の教授を務める。82年万葉集の翻訳で全米図書賞。92年『星条旗の聞こえない部屋』で野間文芸新人賞、2005年『千々にくだけて』で大佛次郎賞、09年『仮の水』で伊藤整文学賞。

「文学の基本はこれまで誰も言い表せていないものを言葉にすること。その意味で僕の旅にとって重要なのは、分かったことではなく“何が分からなかったか”なんです」

本書でリービ英雄さんは、日本という「島国」から2つの「大陸」を旅した。1つはオバマ大統領の就任式最中のワシントン、もう1つは中国河南省の炭鉱の町。それはアメリカに生まれ、台湾と香港で少年時代を過ごした彼にとって、「自分のバックグラウンド」を見つめ歩いた記録でもあった。

では、副題にある「アメリカと中国の現在を日本語で書く」とはどのような意味なのだろうか。幼い頃から3つの言語に親しんできたリービさんは、万葉集の研究者として全米図書賞を受賞した後、約20年前に日本に渡った。ワシントンの街を歩きながら日本語で考えることもあれば、中国の農村で見た風景を英語で説明しようと試みることもある。デビュー作『星条旗の聞こえない部屋』以来、一貫して日本語で書き続けてきた彼の作品には日本語、英語、中国語が混在しており、そこでは自ずと「自分とは何者か」というテーマが「言葉を武器に思考」されている。

「アメリカにおける人種差別の歴史、近代化にさらされた中国奥地の膨大な数の農民……。街を歩きながらその歴史を考え、常に言葉を点検していました。それがこの島国を起点に、アルファベットの国と漢字の国へ行く意味。そのような旅をする僕にとって“分かる”とは、目前の光景を日本語に翻訳できるか、という問題にかかわる。日本語と英語と中国語を抱え過ぎて、どれを使っても言い表せない非言語状態に陥る時、そこから本質的な何かが広がりを持とうとすることを期待しているんです」

群衆に埋め尽くされた就任式から、自分の中国語も上手く通じない河南省の奥地へ。米中の「現代」の最前線をめぐる旅は4年間続いた。その終局、急速な近代化が町の歴史を暴力的なまでに隠蔽しつつある中国の農村で、彼は次のような光景を見た。テレビで放映されていた赤旗が翻る戦争映画。それがCMに切り替わった途端、見慣れた金のアーチが画面に広がり、あの赤鼻のドナルドがビッグマックのセットを勧め始める――。

「子供がテレビに手を伸ばして『要! 要!』(ほしい! ほしい!)と叫ぶんです。アメリカ生まれの文明の象徴と、それを掴もうとする中国の子供。この光景を見たとき、4年間の旅の末に2つの国が円環して繋がったように感じました」

(薈田純一=撮影)
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