参加者に十分な判断力があるとしたら、これら3つのケースのいずれについても、確率の合計は100%になるはずだった。実際はどうだったかというと、2つのカンファレンスについては、確率の合計は102%と、100%に近い数字だった。しかし、4つのディビジョンの確率は合計144%、8チームの確率は合計218%になった。個々のチームに焦点を絞ったとき、参加者は1つのチームの優勝を示唆する理由に注目して、他のチームの優勝の可能性を示唆するデータを見過ごしたのである。焦点が狭ければ狭いほど、われわれが有意なデータを見落とす可能性は高くなる。その結果、われわれの判断に誤りが生じるのである。

ハワード・ライファは、名著『The Art and Science of Negotiation: How to Resolve Conflicts and Get the Best Out of Bargaining(交渉の技術と科学:いかにして対立を解決し、最善の結果を引き出すか)邦訳なし/1982』で、ネゴシエーターはグループや組織を単一の当事者として扱うとき、誤りをおかしがちだと述べている。正式な交渉相手だけに焦点を絞ると、視野が狭くなってその人物独自の利害しか目に入らなくなるおそれがある。組織と交渉する際には、視野を広げてその交渉に関与するさまざまな意思決定者について検討し、彼らの見解がいかに異なるかを分析し、それを踏まえて、交渉を左右する有力グループと賢明な合意に達するためには何が必要かを判断することが肝要だ。

カリフォルニア工科大学のコリン・キャメラーとニュー・サウス・ウエールズ大学(オーストラリア・シドニー)のダン・ロヴァッロの調査でも、人間は「レファレンス・グループ・ネグレクト(比較対照集団の無視)」に陥りやすい、すなわち競争相手の特質を視野に入れない傾向があることが明らかになっている。マネジャーは自社のスキル、製品、配送システムなどに焦点を絞りがちで、競争相手の特質は視野に入っていないことが多い。その結果、優れた競合製品に打ち負かされてしまう。顧客さえも視野に入っていないことがある。企業は「新しい、改良された」製品を従来の製品より高い価格で発売して、一般消費者にはそれだけの金額を払う気がないことを思い知らされる羽目になる。これらの企業は自社や自社製品だけに焦点を絞るのではなく、視野を広げて競争環境全体を見渡す必要がある。

最後に、交渉の期限という文脈での焦点の絞り方の失敗を明らかにしたカーネギー・メロン大学のドン・ムーアの調査を紹介しよう。ムーアは、買い手と売り手の交渉というきわめて単純な模擬交渉を設定し、交渉当事者の一方に期限を課してそれを双方に知らせたとき、交渉当事者はどう反応するかを調べた。どちらの側も直感的に、期限を課せられた側が不利になったと感じた。しかし、一方の側に期限があるということは、当然もう一方の側にも期限があるということだ。当然、どちらの側も、期限がそれを課せられた交渉者にどのように影響するかに焦点を絞り、それが双方にどのように影響するかには思い至らなかったのである。

仕事に没頭しすぎて周囲が見えなくなるという経験は、誰もが身に覚えがあるはずだ。焦点を絞ることは健全な対処機能だが、そのように強く焦点を絞っているとき、われわれはどのような情報を見逃すのだろうか。焦点を絞ることによって、目の前の問題に目を奪われて長期的な問題を見過ごし、周囲の明白な手がかりに注目してあいまいな要因や言及されない要因を見落とし、相手よりもむしろ自分自身に関心を集中させる危険性があるのである。