この町の車は停まらない

大船渡湾の光景。

高校生の3カ月は濃密だ。9月に現地で会った大船渡高校2年の平士門さんにメールを送ると、第一志望が美容師から天文学者に変わっていた。こちらもそのことには驚かない。それが高校2年生の3カ月というものだろう。驚いたのは、具体的な進路として九州大学の名が挙がったことだ。Google Map は、大船渡高校~九州大学を、陸路1611キロメートル、19時間29分と告げている。

「なぜ九州大学かというと、ぼくは文系です。文系では理学部に入るのは大変でしょう。そこで考えたのは、文系でも入れる天文関係の学部はないか——と。ネットで調べたら、九州大学の地球惑星科学というのがありました。文系でも入れるみたいなので、九州大学に進学したいと思いました。でも、成績が良くないんです、赤点があるもので(笑)。正直、九州大学は無理なんじゃないかって思ってるんですけど、でも、諦めるのはまだ早いと思ってこれから頑張る予定です」

高校生の3カ月は濃密だ。それだけの時間があれば、学力もがらりと変わる(かもしれない)。ところで平さん、9月の取材のときに話してくれたダンサーの話はどうなるのでしょうか。

「ダンスは趣味なので、動画サイトなどで有名になりたいですね」

この夏、平さんは「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」で合州国に行った。そこは平さんが大好きなマイケル・ジャクソンの国でもあるわけです。何か実感するものはありましたか。

「うーん、アメリカでも『これがマイケル・ジャクソンの国だ!』って思う所はなかったですね。もっと遭遇したかったです」

合州国で平さんは何を体験したのか。大船渡との違いをどこで感じたのか。こう訊いてみた。平さん、大船渡に帰って来て、イラッとしたり、ムカついたりしたこと、ありますか。

「ああ、あります。大船渡は、街中の(信号のない)横断歩道を渡ろうとしても、車がすぐ停まってくれない。アメリカだと1台目が絶対停まってくれるんです。それに感動したんですよ。歩行者に優しい。大船渡はひどい時、20台とか30台とか(停まってくれずに)行きますから。大船渡に限らず、日本は横断歩道を渡ろうとしてる人を見て、すぐ停まる車は少ないと思うんです。これ、あくまでもぼくの仮説ですけど、原因は学校生活じゃないかと」

学校?

「アメリカは小学校でコミュニケーション能力などを育てる教育をしているんじゃないでしょうか。その教育で、相手のことを考えるようになる。そうやって大人になって、車を運転して、横断歩道を渡ろうとする人がいるとすぐ停まってあげて渡らせる。これ、やっぱり小さい頃からの教育じゃないと身につかない能力だと思います。『自分だけ良ければいい』『自分が停まらなくても、誰かが停まってくれるだろう』、そう思って日本人は停まらないんじゃないでしょうか。日本の教育は学習中心。でも、学習でコミュニケーション能力は育成できません。日本の学校は頭を育てるだけで人を育てない。アメリカは人を育てながら頭を育てると思います。これが日本人とアメリカ人の違いでじゃないかとぼくは思います」

平さんに聞いたこの話が、取材に集まってくれた5人の大船渡高生たちにスイッチを入れた。「大船渡、車、停まってくれないよね」という話がひとしきり続いた。それはそのまま、大船渡という町と、大船渡高校という学校の「特性」を語る話へと移っていく。