マイコン部門が中国企業の手に渡ったらどうなるのか

米投資ファンド、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)が、経営再建中の半導体大手「ルネサスエレクトロニクス」(以下ルネサス)に対して、1000億円を出資し、経営権を取得する計画が明らかになったのは8月末のことだ。

その約1カ月半前には、同業の半導体大手「エルピーダメモリ」(3月に上場廃止)が米マイクロン・テクノロジーに約2000億円で買収されたばかりで、世界市場における日本企業の落ち込みの深さを改めて痛感させられた。

NEC、三菱電機、日立製作所の3社のマイコン部門の集合体のルネサスエレクトロニクス。まだまだ前途は多難だ。

ルネサスはNEC、日立製作所、三菱電機の3社が母体となって設立され、車のエンジン、産業機械のモーターなど高度な制御を必要とする高性能マイコンを安定供給できる唯一のメーカーとして市場から高く評価されてきた。

しかし、3社の合併で従業員は4万人以上となり、拡大し続けるシステムLSI事業の赤字に何の手立ても講じてこなかった。ようやく来年3月期に、5000人以上の早期退職を実施し、向こう3年かけて10工場の売却、閉鎖を計画したものの、今期は1550億円もの特別損失が発生する見込みで、財務基盤の強化が急務とされた。その渦中におけるKKRの買収提案は急所をつくものだった。

提案に先だって、KKRは、内々にルネサスの主力取引銀行である、みずほコーポレート銀行、出資母体3社と接触し、“悪くない”感触をえていた。それだけに、KKRの提案を受け入れる流れが出来上がっていて、所管の官庁である経済産業省の上層部も、黙認する方向だった。

ただ、少なからず危惧もあった。短期的な利益を好むKKRのような投資ファンドが、ルネサス株を長期保有するわけもなく、いずれ同社はいくつかに分割され、売りさばかれる方向であるのは目に見えていた。そのとき、ルネサスにしかつくれない高性能マイコンが安定供給されるのか。マイコン部門が中国企業の手に渡ったらどうなるのか。レアメタルの悪夢が頭をよぎった。

KKRが出資提案をした同じ頃、経産省の一部官僚らは、トヨタを訪ねていた。

ルネサスが海外流出した場合、高性能マイコンがきちんと供給されず、自動車やエレクトロニクス産業が危機的な状況に陥る状況が想定できたからだ。

「(ルネサスに)出資を検討してもらえないだろうか」

経産省幹部の一言に、トヨタの幹部は、押し黙ってしまった。トヨタ関係者によると、ルネサスが投資ファンドに買収される危機感、つまりトヨタの車にも不可欠な高性能マイコンの安定供給がなされるのか、という議論は、トヨタ社内でも行われたという。しかし、それ以上に議論は進まず、そこに現れたのがKKRの出資だった。

ルネサス救済は、トヨタだけでなく他の日系自動車メーカーにとっても必要な措置だと認識されていたが、一方で一度出資をしてしまうと、とめどない出資の道を開く懸念もあった。トヨタを決断させたのは、「高性能マイコンが安定供給されない危機感」だった。そしてトヨタも、1つの条件を出した。「国もお金も出してほしい。うち1社だけだと困る」。

その後、経産省幹部が向かったのが、経産省、財務省が旗を振って設立した官者によれば日産、ホンダといった自動車メーカーだけでなく、パナソニック、キヤノン、ニコンなどルネサスと関わりの深い企業にも、幹部自ら足を運んで説得を繰り返した。「トヨタが前向きである」という情報は、個別企業への説得に極めて効果があったが、大型の案件だけに、簡単には物事が進まなかった。

「ルネサスは大切な会社だが、今回の救済は、市場原理に反するのではないか」

意外にも経産省内部にもこうしたブレーキをかけようとする声が強かったようだ。メディアも批判的だった。

「出資企業に対して、ルネサスが公平な商取引ができるのか」といわれた。

3社出資でルネサスを誕生させながら、野放図な経営を許してきた経産省の責任も、民間企業側から厳しく指摘された。

それでも官僚たちを突き動かしたのは、エルピーダ、ルネサスなどの事態が日本の雇用と富を生み続けてきた自動車、エレクトロニクスなどの基幹産業に、連鎖的に起きることに対する強い危機感だったようだ。自動車とエレクトロニクスは、日本の全製造業人口の4分の1を占め、売上額は全体の3分の1以上にも及ぶ。産業の要を「死守すべし」という強い思いが、今回の官民一体で2000億出資ともいわれる救済劇となった。