開発のプロセスと2つの課題

とはいったものの、これはすこし大げさかもしれない。発見され企画されたアイデア自体は、そこまでせずとも見つかったかもしれないからである。むしろ、実際にそうしたアイデアを当の学生たちが自分で考え、コンセプトのみならずある程度具体的な形に書き起こし、それを元にマイナビがアプリを開発してみせたということ、こうした実行段階のほうが、Sカレとして重要なことであるといえる。

「マイナビ就活名刺」は、学生たちの活動としては、おそらくSカレが本格的に始まる2011年6月ぐらいから考えられてきたアイデアであり、その後10月にはサイト上での販促活動が開始された。そして昨年12月の最終プレゼンにおいて、競合チームの中で最も製品化の価値と可能性が高いとみなされ、以降マイナビのもとで開発が進められることになった。

当初、マイナビ側では、その開発は早ければ数ヵ月で終わるものだと考えていたという。最速でいけば年度末の3月には、アプリをつくることができるのではないかというわけである。しかし、実際にはより多くの開発時間が必要となり、ほぼ1年が経つ2012年11月現在において、そろそろローンチのプロモーションを始めようかという段階にとどまっている。

様々な理由が考えられるが、一つには、今回の「マイナビ名刺交換」の仕組みが想像していたよりもかなり複雑で、熟慮すべき点が多かったことが指摘できるという。特に個人情報を扱うことから、セキュリティに対するチェックや安全性の確保については当初の見込み以上の投資と時間がかかったそうだ。

さらに、学生側の企画段階においても、さすがにα版やプロトタイプがつくられていたというわけではなく、コンセプトとイメージ図を中心とした企画書という形で終わっていた。そのため、そこから具体的なアプリに落とし込んでいくに際して、新たに書き起こしの作業が必要にもなった。その時、例えば名刺交換後にメンバー同士がSNS的な機能によってコミュニケーションを続けることができるといった機能については、コストの問題やFacebook等他のSNSサイトとの連携の問題から見送られている。

ユーザー参加型製品開発では、ユーザーの技術的な知識の欠如がしばしば問題になる。このあたりの問題は、例えば『インターネット社会のマーケティング』(石井淳蔵・厚美尚武編、有斐閣、2002)でまさにエレファントデザインの事例が取り上げられている。エレファントデザインでは、例えば初期のInsipid Phoneはスタイリッシュで高性能な電話機として多くのユーザーが支持したが、具体的な製品仕様を決める中でコストとの折り合いがつかず、結局開発されないままになってしまった。ユーザーが考えていた以上に、アイデアを詰め込みすぎた開発がコスト増を招いたからである。

インターネット社会のマーケティング』
石井淳蔵・厚美尚武編/有斐閣/2002年 



Sカレでも同様の問題が生じているが、一方で、10年前より進歩した形でマネジメントがなされるようになっているともいえる。例えば、今回のアプリ企画では、学生による商品企画をもとにマイナビが詳細な仕様書を書き起こし、それを学生に再確認してもらって以降については、基本的にマイナビが単独で開発を進めてきた。最後まで製品仕様にユーザーが関わり、細かく意見を聞き続けるというよりは、ある段階ごと区切りを設けて確認作業を入れている。

この方法は、例えばかつての無印良品のユーザー参加型製品開発に近い。すべてをユーザーの手に委ねるというよりは、区分を設けて特定の時期だけ欲しい機能を受け付けたり、具体的にどういうデザインがいいのかを投票によって決定したりするというわけである。このあたりは、「ユビキタスネット社会における製品開発:ユーザー起動法と開発成果」(小川進・西川英彦『流通研究』、第8巻第3号、49-64頁) や、「売り上げ3.8倍!無印良品に学ぶクラウドソーシング」 でも紹介されている。ユーザー参加型製品開発といえども、そのすべてをユーザーが担えばいいというわけではない。むしろ、つくり手との協力を前提として、共同開発をどうやってうまく進めるのかという仕組みが求められているといえる。

「ユビキタスネット社会における製品開発:ユーザー起動法と開発成果」(神戸大学のワーキングペーパー)
http://www.b.kobe-u.ac.jp/paper/2006_11.html

売上3.8倍!無印良品に学ぶクラウドソーシング」
http://president.jp/articles/-/2526

開発に際して、マイナビが懸念していた課題はもう一つある。それは、こうしたユーザー参加型製品開発では、誰でもその開発プロセスに参加できるがゆえに、極端にいえば競合でもあっても参加することができ、結果として模倣が起こりやすくなるのではないかということである。ユーザーの知識の欠如とあわせて、この点についても、ユーザー参加型製品開発の中ではしばしば問題点として指摘されてきた。

特に今回のアプリの場合、コンセプトと製品仕様だけが当初はネット上で公開されることになる。そのアイデアがいいなと思えば、直ちに誰でも開発を始めることができてしまう。その可能性は、アイデアが優れていれば優れているほど生じやすいだろう。Sカレでは、通常財の場合にはプロトタイプをつくり込むことが求められる。しかし、基本的に文系学生の参加するプロジェクトであるために、アプリについてはプロトタイプをつくるには至っていない。この点でも、アプリのようなソフトウェアについては模倣という問題が特に大きいといえるかもしれない。