「結論にいたるまでのロジック」を買っていただいている

ストラテジストにさよならを
[著]広木 隆(幻冬舎)

楠木 投資にかかわるお仕事といえば、僕は以前、個人の投資家ではなくて、会社の資金運用についてアドバイスをしている人の話をきいて、なるほどプロとはこういうものだと思ったことがあるんです。市場相手ですから、当然、アドバイスが当たることもあれば、外れることもあるわけですが、プロのお客さんは、予想が外れたときに「てめえこのやろう。外したな」といったん怒るのだけれど、「で、次なんだけどさ」とすぐ次の依頼を振ってくる。要するに、予想を買っているのではなく、立論というか、判断の基準を買っているということです。広木さんのお仕事も、投資家に判断の基準を売っている、ということになりませんか。

広木 そうですね。相場ですから、これはもう当然、当たったり、外れたりします。それでもストラテジストへの需要があるのは、結論にいたるまでのロジックを買っていただいているわけです。結果よりも、過程が大事。プロセスが大事だと。

楠木 でも、プロセスが大事だということを承知のうえで、何らかの結論を常に提供しなくてはならない。

広木 ええ。その結論にいたるプロセスでロジックを積み重ねていくという仕事なんです。

よくプロのスポーツ選手は結果が大事だと言いますよね。高校野球じゃないんだからがんばっただけじゃダメだと。それはそのとおりですが、やはり結果だけじゃない、プロセスが実は非常に重要なんだというのが、われわれの世界です。

ストーリーとしての競争戦略 [著]楠木 建 (東洋経済新報社)

相場の世界は、結果がブレるんですよ。野球でも一流の選手は3割近くかそれ以上の確率で安定的にヒットを打ちます。プロのピアニストの演奏もある一定以上のクオリティを維持しています。歯医者さんもそうですね。ブレたらこわい。こうしたスキルに対して、われわれの世界はもともとブレまくる市場を相手にしていますから、プロセス抜きにして結果だけを求められたら成り立たないです。

ゴールドマン・サックスのトレーダーで、アメリカの財務長官にまでなったロバート・ルービンという人も、「確実に言えるのは、確実なことは一つもないということ」だと言っています。その確実なものが一つもない相場世界でプロとしてやっていくには、プロセスをしっかり積み上げていくしかないと。ドタ勘でやってもプロセスを重視してやっても結果は変わらないかもしれないけれど、長く続けた場合、絶対プロセス重視でやっていったほうが、結果も伴うというわけです。非常に共感しますね。

楠木 競争の戦略でいうと、さっきの野球の例えがしっくりきます。2割バッターと3割バッターって、10ポイントしか違わないのに、現実には、もう2軍の選手と1軍の中心打者ぐらいの大きな違いがあるんですよね。僕が戦略は「理屈じゃないけど、理屈が大事」と常日頃から言っているいのですが、その真意は、放っておくと2割ぐらいしか当たらないものが、3割とか3割5分くらいまでには理屈でもっていけるのではないか、ということなんです。5割はとうてい無理だし、7割なんて絶対無理でしょうけど。

広木 相場の世界も同じですね。理屈で説明できることが2割。残りの8割が運。問題はその運をいかにマネージするか、味方につけるかというところです。運のつかみ方といってもいい。そういうところはやっぱりあると思うんです。ここはまさに理屈のない世界だから、センスとでも言うしかないんです。

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(撮影=澁谷高晴)