人間の脳は、環境に適応するために進化した。そして、人間が適応すべき「環境」は、ほとんどが人間関係である。

もちろん、自然に逆らって生きることはできない。地球上の自然環境に対する適応も、人間の脳にとって大切な課題ではある。しかし、高度な文明を発達させた人間にとって、適応すべき最大の相手とは、周囲の人間なのである。

「最近、生きていくのが難しく感じる」と誰かが言ったとき、自然の猛威との闘いで生きるのが難しいという意味であることはまずない。多くの場合、人間関係のことである。読者の中にも、職場やプライベートの対人関係で気になる問題がある方はたくさんいるのではないだろうか。

達人は、相手が何を知っていて何を知らないか把握したうえで話す。(写真=PIXTA)

人間関係が難しいのは、そこに複数の「視点」が入るからである。同じ交渉のテーブルに向かい合って座っていても、2人が見ている光景は全く異なる。動機づけも、利害関係ももちろん同じではない。だからこそ、人間関係は難しく、また面白い。

心理学に、「ジョハリの窓」という考え方がある。1955年に、ファースト・ネームが「ジョセフ」と「ハリー」という心理学者が考案したので、「ジョハリの窓」と呼ばれるようになった。

ジョハリの窓は、4つのセクションに分かれている。自分のさまざまな性質について、「自分が知っている」か否か、「他人が知っている」か否かという観点から2×2で4通りに分類するのである。

第一は、「自分も知っているし、他人も知っている」セクション。例えば、短気であるということを、自分も知っているし、他人も知っている。この属性は、コミュニケーションにおける共通認識となる。

第二は、「自分は知らないが、他人は知っている」セクション。これは、自分についての「盲点」となる。例えば、ある人が見栄っ張りだということをみんなが知っているのに、本人に自覚がないというようなケースがこれに当たる。

第三は、「自分は知っているが、他人は知らない」セクション。自分のキャリアの中に意外な一時期があって、それを周囲に伝えていないというようなケースがこれに当たる。劣等感や、羞恥心から、他人には知られたくないことも含まれているかもしれない。

第四は、「自分も知らないし、他人も知らない」セクション。ここは、すべての当事者にとって未知の部分である。

ジョハリの窓が特に意味を持つのは第二と第三のセクションである。「自分は知らないが、他人は知っている」場合、周囲がいつ、どんなふうに本人に伝えるのかが課題になる。また、「自分は知っているが、他人は知らない」場合、本人が周囲にそれを告白するか否かが問題になる。

ジョハリの窓は、他人とのコミュニケーションを円滑に進め、社会の中での自分の位置づけをより深く理解することを助けるために開発された。職場で、4つの窓をお互いに埋めてみると、面白いだろう。

ジョハリの窓の考え方は、よりビジネスライクな局面でも応用できる。人事情報を知っている人は誰か。新商品に関する機密を、知っている取引先はどこか。情報が非対称に分布して、それぞれの視点で世界が異なって見えるときに、そのことを意識することがコミュニケーションを円滑に進める助けになる。

人間関係のマエストロは、常にそこにいる人間の「ジョハリの窓」をある程度把握して言葉を吐く。視点によって物事の見え方が違うということを知ることが、コミュニケーションの基本であろう。