大槻さんはその様子を同情のまなざしで見つつも、「まさか自分はないだろう」と思っていた。入社以来、営業一筋で働いてきた。率直な物言いをすることから上司とぶつかることもあった。だが、若いころから成績はよかった。その功績が認められ、同世代の中では早いうちに管理職になった。

ところが、昨年の夏にその思いが裏切られる。直属の上司である営業部長などから面談と称して呼び出しを受けた。単刀直入に、部長が切り出した。「あなたは、今後の人事構想には入っていない。人事部付ということになった。人事部に異動をしてもらう」。

大槻さんは、そのときを“いきなり短刀(ドス)で刺されたような思い”と表現する。会社は事業部制をしいていて、東京の営業部に40人前後、全国には数百人の営業部員がいる。その中で、ここ数年は成績が真ん中ほど。それ以前は上位のグループに位置していた。

人事部付は籍は人事部になるが、仕事はない。“リストラルーム”とささやかれる大きな会議室に人員整理の対象者10人前後が集められ、ある指示を受ける。それは「社内で受け入れてくれる事業部を探すか、社外で雇ってくれる会社を見つけること」。

この手法は、事業部制になっている大企業でよく見かけるものである。現在の部署で“戦力外”になった社員が人事部の監視のもと、まず社内で自分を受け入れてくれる、ほかの事業部を探す。そこの責任者などと交渉をするのだが、ほとんどの部は受け入れない。人事部はそれを支援することはしない。

そこで仕方なく、退職後に雇ってくれる会社を見つけるために「転職活動」をする。しかし、それも年齢などの問題から、スムーズに進まない。社員がやる気を失っているところを見計らい、人事部が話し合いの場を設ける。