本書によれば、昭和39(64)年にシャープが開発した世界初のトランジスタ電卓の値段は53万5000円。大卒初任給が2万円くらいであったから、いかに高価なものであったか、いまでは信じられないだろう。当時の銀行員には、計算の道具としてはソロバンが必需品であり、全員の机の上に置いてあった。

しかしその後、シャープだけでなくオムロンやカシオなど競合他社も電卓市場に参入し、2年ごとに大きな技術革新が進んだ。やがて電卓がソロバンに取って代わり、オフィスが一変した。銀行内で半ば義務的に行われていた「ソロバン試験」もなくなった。

もう一つの魅力は、「わが意を得たり」と膝を打ちたくなるような、経営上のキーワードがちりばめられていたことだ。

本書を購入したのは平成7(95)年だが、平成10(98)年に私が社長に就任して以降、社内外でスピーチをするときなど、折に触れてそのキーワードが役立った。特に本のタイトルにも使われている「仮説」という言葉。著者は「自分を支え続けたのは『電卓がパーソナルなものになる』といういわば思い込みに近い仮説だった」と述べている。

確かに、電卓があまりにも高価で巨大だった時代には、電卓の置いてある部屋に人間がわざわざ出向かなければならなかったわけだから、電卓を持ち歩く時代が来るなどという仮説は、なかなか理解してもらえなかっただろう。著者ならではの仮説が、唯一の開発モチベーションとなったはずだ。