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膨大な量の構成要素とその相互作用の総体

組織能力の構築は事後合理性に依存した創発プロセスだ。特定時点での意思決定よりも事後能力がものをいう。そんなことは誰しも経験から分かっている。しかし、ここを真正面から捉えた研究は少ない。「組織能力というのはさまざまな試行錯誤と経験の蓄積から生まれる」と、ここまでは誰もが言うのだが、「じゃあ、創発プロセスというのは具体的にどういうものだ?」と突っ込まれると、誰も分からない。「どこのだれかは知らないけれど、誰もがみんな知っている」。月光仮面のようなものだ。

その理由は単純で、システム創発のプロセスは極めて複雑で、よっぽど腰を据えてかからなければ記述しようがないからだ。本書が解明しようとしているトヨタ生産システムはその最たるものだ。システムとして複雑極まりなく、膨大な量の構成要素とその相互作用で成り立っている。列挙してみるとこんな具合だ。


 

生産面ではジャストインタイム方式(JIT)による在庫改善、カンバン方式、TQC。自動化、平準化、限量生産、段取替時間圧縮=小ロット生産、混流生産。1個流し、多能工、多工程持ち、少人化、品質の作込み(自主検査)、ポカヨケ、行燈(自主的ライン・ストップ)、5S(整理、整頓、清掃など)、現場管理層などによる標準改訂、TPM(自主保全)、U字型レイアウト、ローコスト自動化など。

開発面では、コンセプト創造・翻訳を自ら行う強力なプロジェクト・リーダー(重量級プロダクト・マネジャー)、開発段階の重複と統合(サイマル・エンジニアリング)、多能的技術者による少数精鋭チーム、思索・金型・治工具製作の迅速性と品質の確保、部品・素材メーカーの開発参加(デザイン・イン)など。

購買面だと、部品外製率の高さ、多層的なサプライヤー構造、長期安定取引、比較的少数の大規模一次メーカー、一次メーカーのサブアッセンブリー納入、承認図方式(デザイン・イン)、設計能力と改善能力による競争、継続的部品単価引下げ、無検査納入。組立メーカーによる技術指導・工場立入りなど。

人事・労務政策では、空核労働力(本校)の安定雇用(周辺労働力としての臨時工の採用)、多能工養成のための長期訓練、職務というよりは能力の蓄積に連動にする賃金体系、現場管理層への内部昇進、概して協調的な労使関係、現場管理層(係長クラスまで)の組合員化、総じて平等主義的な企業福祉政策、従業員とのコミュニケーションと動機づけを重視した人事政策など。


 

一口に「トヨタ生産システム」といっても、実際はこうしたありとあらゆる要素の絡み合いの総体だ。世界的に注目された経営システムであるだけに、このリストにあるいくつかについては詳細な研究がある(たとえば、PDPは上記のリストのうち、開発に関わる構成要素とその相互作用を明らかにしている)。しかし、そうした複雑な絡み合いのシステムを時間軸の中でとらえ、その創発と進化のプロセスを解明するとなると、聞いた瞬間に気が遠くなってしまう。その大変な労力を要する研究を実際にやってしまう。ここに藤本さんのすごさがある。