ことばの自己暗示がポジティブであれば、それをおこなう人を強くするのはなぜでしょうか。それは一言でいえば、自分を信ずることができるようになるからです。それは一種の自己変革、もしくは自己改造です。

私は恩師中村天風から、自分を信ずることを「信念」ということばで教えられました。ここで、信念について天風とともに考えてみたいと思います。

信念とは、自分を信ずる念、であり、絶対的な安心感であり、自分の夢や希望を実現する原動力となるものです。信念の強い人は、ゆるぎない安心感をもって、人生を歩いていくことができます。その反対に、信念のない人は、まるで薄い氷の張った湖面を、恐るおそる歩いていくような、頼りない気持ちで人生を送ることになります。

信念は信仰とはまったく違います。宗教的な信仰は、多くの場合、神にすがろう、仏に頼ろうとします。信念は、自主自律の精神で、現実的な方法で人生をつくっていく力です。現実的な方法の一つが、このことばの暗示力の活用です。つまりポジティブな唱詩を唱えることです。唱詩を毎日唱えると、信念につつまれた状態になり、心の奥から力がわいてきます。

天風は「強い信念があれば、奇跡以上の良い現実が生命にあらわれる」と言っていますが、誤解してはなりません。「奇跡」というのは怪しげで迷信的な出来事ではありません。天風の言う「奇跡」とは、常識で考える以上の自己改造が現実化することを表現していることばです。

信念があると、他の人ができることなら、なんでもできるようになる、と天風は考えました。多くの人は、ちょっと努力してできないと、すぐにあきらめてしまいます。そして、できる人のことを、特別な人であるかのように考えてしまいます。

中村天風という人は、若い頃は血の気の多い、いわば激烈な行動家でしたから、じっと机にむかって、絵を描いたり字を書くことはきらいでした。絵を描かせても、円(まる)を3つかいて、それをつらぬく一本の棒線をひき、これが団子だ、といって笑っているような子供だった、と天風自身が言っています。字もろくに書けなかったそうです。それが、中年になって信念を強固にしてから、天風は絵も字も驚くほど上手になったのです。

私は先生の描かれたいくつかの動物、植物の絵を見たことがありますが、玄人眼にどう映るかは知りませんが、とてもよく描けています。また、天風の揮毫(きごう)は、余人にはまねのできないほど気力の充実した筆はこびで、しかもなんの衒いもこれ見よがしなところもない、淡々として高貴な風韻があり、天風の魅力ある人柄が出ています。天風が「信念は奇跡のような力を人に与える」と表現するのは、そういう自分でも信じられないような自己自身の変わりようを念頭に置いてのことです。

このような天風の書や絵はほんの一例です。天風はネパールでの修行ののち、信念が強くなったために、それまで不得手だったものが、人並み以上にできるようになりました。天風はそのことを踏まえて「奇跡」ということばを使ったわけです。