しかし今日明治憲法を読んでみると、その古さと危険性にあらためて驚かざるを得ない。あの憲法にして、あの戦争があったのかという因果関係の必然性に、慄然とするのである。こうした評価は、明治の当時の時代的背景からみて酷だとすることもできよう。

しかしフランスの人権宣言やアメリカの独立宣言がすでに布告されたあと、しかも伊藤博文が明治一五年三月一四日から一六年八月三日まで一年半にわたって、この作業の準備調査のため渡欧していることを考えると、私はやはり彼に対する評価を下げざるを得ない。