個人的なアイデア

この考え方は、1980年代に入るとマーケティング活動全般に浸透するようになり、いわゆる関係性マーケティングという考え方を生み出していった。今ではITの発展もあり、ワントゥワンマーケティング、あるいはCRMとよばれるようにもなっているが、根本的なアイデアは変わらない。最初の販売が終わった時、そこからビジネスがはじまる。

さて、本を売った後に始まる広告以外のビジネスとは何だろうか。1つは、最初にちょっと皮肉っぽく言ってみたが、ソーシャルメディアを柱としたソーシャルなコミュニケーション空間だろう。だが、重要なことは、こちらで収益性を見込むことができなければ関係性マーケティングとしてはうまくいっていない。つまり、現状のアイデアでは、考え方が逆である。電子書籍が有料で、ソーシャルメディアが無料だからである。本は、無料で、しかしコメントを見たり、あるいは発言したりするのは有料というのは変だろうか。

実際にそういう世界があることを、僕は知っている。教育の現場である。確かに、教科書は有料だが、研究であれば論文は無料のことが多い。それこそGoogle Scholarで検索してダウンロードできてしまう。むしろ、教育において有料なのは授業の場であり、意見をやり取りすることにこそ課金がなされる。

もちろん、授業であれば、教師から提供される知識に対価を払っているのだという人もいるだろう。しかし、であればそれこそ本でもブログでも読めば済む話である。そうではなく、例えばビジネススクールに来る人がいるのだとすれば、形としての知識というよりは、意見のやり取り、ディスカッションに価値を見出そうとしているからだろう。経営学的にいえば、暗黙知(tacit knowing)の獲得を目指しているのである。

■『ビジネス・インサイト』
石井淳蔵/岩波新書/2009年 

 

本を売った後で生まれる市場として、もう1つ、最近注目を集め始めているのは書評サイトである。今のところ収益性という点では広告に依存しているようにみえるが、本を売るというよりは本を売った後に注目しているという点で興味深い。アマゾンのような電子書店では以前から書評の書き込みが重要になっていたが、それはあくまで本そのものを売るための手段だった。近年の書評サイトは、本を売るというビジネスからは切り離されている点で異なる。ざっと調べてみると、ブクログやブクペというサイトが大きくなっているようだ。

→ブクログ
http://booklog.jp/
→ブクペ
http://bukupe.com/

電子書籍は無料でもいい。そこからビジネスが始まる。そういうビジネスモデルのアイデアを、電子書籍は必要としているような気がする。それは、我々のような本の虫のような顧客はもちろん、本の書き手にとっても新しい可能性のはずだ。もちろん、やっぱりそれは、もう本というよりは別の何かというべきかもしれないが。