首都大学東京准教授 水越康介(みずこし・こうすけ)●1978年、兵庫県生まれ。2000年神戸大学経営学部卒、05年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。首都大学東京研究員を経て、07年より現職。専門はマーケティング論、消費者行動論。主な著書として、『企業と市場と観察者』『Q&A マーケティングの基本50』『『仮想経験のデザイン』(共著)『マーケティングをつかむ』(共著)など。 

2度目の電子書籍元年

電子の本と紙の本は異なる。この主張は、その後も繰り返し登場している。当初の立ち上がりに失敗した電子書籍は、2003年にアップルがiTunesを始めた頃から再び活気を帯び始める。2004年には、ソニーとパナソニックが相次いで電子書籍のための端末を発売する。「リブリエ」と「シグマブック」である。当時の新聞記事には、はっきりと「電子書籍元年」と書かれている(毎日新聞、2004年2月16日) 。実際に読むと、中身は疑問形で書かれているので注意が必要だが、電子辞書や携帯電話を軸にして、2度目となる電子書籍の可能性が語られていたことがわかる。

この中で、興味深いことに「私たちは紙の再現を狙っているのではありません」という事業会社のコメントも載せられている。同時に、もっと興味深いことを言えば、そういった事業会社の社長は既存の出版事業出身であり、やはり紙の本を残すことを前提として、いかにして電子書籍の市場を立ち上げるかを考えていたこともわかる。

当時から、電子と紙の違いがこれほど意識され強調されていた。にもかかわらず、今ではタブレットが必要とされており、ページをめくる紙の本に似た仕組みが再現されていて、購入するコンテンツには紙の本のような表紙がついて棚の中に納められている。なんだか変な感じがする。

繰り返すまでもないが、2度目となる2004年の電子書籍元年も、結局目立った市場の立ち上げには至らなかった。1度目のExpanded Books以上に、多くの人々の期待が集められたであろうにも関わらず、である。2004年に先立ち、1998年には電子書籍コンソーシアムが国の予算をもとに設立されてもいる。それ自体は大きな成果を上げたわけでもないが、国を上げての協力体制が整いつつあったことも想像できる。

リブリエもシグマブックも、ずいぶん前に生産が中止されてしまった(ただ、ソニーのリブリエはその後海外へとわたり、Readerとしてシェアを伸ばした)。2度目の問題は何だったのだろうか。1991年に比べれば、ずいぶんと技術の進歩もあっただろう。電子書籍に理解のあるユーザーも増えていたはずだ。国も支援してくれた。コンソーシウムまで作られた。

しかしこれまでの議論をふまえると、問題はそういうところにあるわけではないと思う。本というブツを、インターネット上で実現しようとする電子書籍というアイデア自体に限界があったのではないだろうか。逆に言えば、情報の彫刻たりえる紙の本の方が、まだ可能性があるのだ。

見方を変えると、ここまで日本の電子書籍は、両面作戦を狙ってきたようにみえる。一方でインターネットが作り出したwwwに対抗し、もう一方で、紙の本と差別化しなくてはならないというわけである。だが、wwwに対しては情報の集積という点で及ぶべくもなく、紙の本に対しては、今のところ彫刻としての価値はない。何となくみえている方向性は、インターネットとはできるだけ棲み分け、紙の本に似せた姿形をタブレットに再現することによって、紙の本をゆっくりと代替していくという選択肢である。電子書籍の見栄えも良くなってきて、彫刻とまではいえないが、二次元の画としてはさまになってきた。