「会社はどうやってできたのか?」もこれで説明できる

市場メカニズムを使った場合の取引コストに影響を与える要因は何か。その第一は、人間の持つ「限定された合理性」だ。人間はいつも合理的に行動しようとする。しかし、人間が利用可能な知識や情報には制約がある。だから完全に合理的には行動できない。これが「限定された合理性」の概念だ。

2つ目が「機会主義」。売り手が嘘をついたり、買い手の無知に付け込んだりするかもしれない。つまり、情報の操作や偽りである。この可能性が高いほど、市場での取引コストは大きくなる。

人間的な要因以外に環境的な要因もある。そのひとつが複雑性だ。例えば保険の契約をするときに、膨大な保険証書を全部読んで、難しい条項を理解しなければ保険の価値がわからないときには、取引コストがはね上がる。これは前述の「限定された合理性」と裏腹の関係にある。人間の合理性は限定されているので、複雑性が高まると、取引コストが増大する。

環境的要因としてもうひとつ、「少数性」という概念がある。たとえばキャベツ生産農家が日本に2つしかないときを思い浮かべていただきたい。実際は、何千もあるから市場というメカニズムが成り立っているわけだが、仮にキャベツの生産者が2人しかいなかったら、この2軒の農家がつるんで情報操作をしたりする可能性は高くなる。もうおわかりと思うが、これは前述の「機会主義」と裏腹の関係にある。

「限定された合理性」「機会主義」「複雑性」「小数性」、以上の4つの要因で、取引コストが大きくなったり、小さくなったりする。「初めに市場がありき」という前提からスタートすると、市場での取引コストが上がるにつれて、組織というものが出てきたと考えることができる。このように、取引コストという概念は「なぜ企業組織が世の中に出現したのか」という非常に大きな問いに対する答えを与えている。

話はここで終わらない。最初は市場だけで取引をしていたところ、さまざまな問題が生じて、その解決のために組織ができる。はじめは単純な仲間集団(ギルド)のようなものだ。仕事がさらに大規模で複雑になると、上司、部下、といった指令系統を持つ単純階層組織が生まれてくる。さらに、それぞれの組織がバラバラに動くと取引コストが大きくなってしまう状況が生じ、垂直統合というもう一段上の組織化が起こる。販売しかしていなかった会社が生産もやるようになるとか、開発だけしかしてなかった会社が生産や流通とかまでやるようになる。こうして大企業が誕生する。

このように、取引コストという概念一発で「会社はなぜ、どうやってできだのか」という、とんでもなく深い問いを説明できてしまう。これが「ズバッとくる」、エレガントな論理の面白さだ。