しかし、リストラで人員が削減されて1人当たりの仕事の負荷が重くなり、日常のコミュニケーションも十分にとることができなくなっているなか、組織内の人間関係は希薄になるばかりだ。それなのに、「多少、攻撃的な言動をしても、部下はオレのことを理解してくれる」と思い込んでいると、パワハラ上司のレッテルを貼られて、大きな落とし穴にはまる可能性が高い。「過信は禁物。自分中心に物事を考えてしまう“自分軸”を捨て去ることが大切だ」と菅谷弁護士はアドバイスする。

また、上司は組織の目標を達成すべく計画を立て、部下を通してそれを実行していくことが仕事だ。「絶対にうまくやらなければならない」「状況は私の思う通りでなければならない」という気持ちが当然働く。しかしながら現実には、その通りにはいかない、そこで、怒りや不安が生まれてくる。

心理学者のA・エリスは、「これらの自分自身を追い込むような非合理的な考え方が強ければ強いほど、自分自身を必要以上に怒らせたり、不安にさせ、その揚げ句の果てに自分の望みを絶対的な命令へとエスカレートさせてしまう」と指摘している。だから「自分自身があまり気負いすぎない。それが、パワハラをなくしていく大事なポイントだ」と岡田代表はいう。

細かい点ではあるが、自己防衛を図る部下が増えていることにも気を配っておきたい。「後で証拠になるかもしれないと考え、懐にICレコーダーをしのばせ、上司の言葉を録音しているのはもはや常識だ」と関係者は異口同音にいう。そうなると、上司も部下に対する指導に際して、第三者に立ち会ってもらうなどの対抗策を講じることも必要になってきそうだ。

さらに注意しておきたい点が、メールを利用した部下への叱責である。メールの言葉は無機質で、どうしても相手に対して一方的に伝わってしまうことが多い。そうなると愛のムチと感じるどころか、パワハラ上司に対する敵愾心を植え付けるだけ。まずいことに、メールはそのまま決定的な証拠として残ってしまう。ましてや同報メールで同僚にも配信すると、名誉感情をいたずらに毀損し、不法行為に当たると認定される公算が大きい。

そして何よりも一番大切なのは、会社のトップが率先してパワハラ問題に対する意識を高めることである。「ディズニーランドでゴミをポイ捨てする人がほとんどいないのは、それが文化になっているから。パワハラのない会社組織にしていくためには、トップが先頭に立って取り組むことが重要だ」と菅谷弁護士は強調する。

この点で前出の千葉弁護士が注目しているのが、10年5月に京都地裁でいい渡された判決である。居酒屋チェーンに勤めていた息子が過労が原因で死亡し、その責任は社長ら役員4人にもあるとして約1億円の損害賠償を両親が求め、約7800万円の支払いが命じられた。今後、パワハラの問題でも同じように会社トップの責任が問われることも十分に考えられ、もはや他人ごとではなくなっているのである。

本当に部下の成長を願って指導を行っているのか、いま一度、上司は自分の胸に手を当てて考えてみてはどうだろう。少しでも引っかかることがあれば、大事に至らぬ前に改善の手立てを講じる必要がある。

※すべて雑誌掲載当時

(宇佐見利明=撮影)
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