繰り返される電子書籍「元年」

現在、流通科学大学の清水信年教授を中心として、電子書籍に関する歴史研究が進められている。補足しておくと、これは科学研究費補助金という、文部科学省が提供している競争的研究資金をもとにした研究である。通称科研費と呼ばれ、研究者のとても重要な資源となっている。理系は言うに及ばず、文系とて先立つものがなければ最近は研究が進められない。研究成果は徐々にデータベース化されつつある。

→萌芽期電子書籍産業の歴史プロセス分析
http://kaken.nii.ac.jp/d/p/23330145.en.html
→科学研究費助成事業データベース
http://kaken.nii.ac.jp/

この電子書籍に関する研究会の中で、日本では電子書籍元年が実は何度も繰り返されてきたことが指摘されている。特に大きなところでは、1991年には、The Voyager CompanyからExpanded Booksと呼ばれるフロッピーディスクに収められた電子本が発売されている。便利なもので、ネットで検索すると複数のブログに写真があがっている 。もっと遡ることもできるようだが、最初の電子書籍元年だったと考えてもいいだろう。

Expanded Booksは、現在の電子書籍と機能的にほとんど変わらなかったようにみえる。さらに言えば、Expanded Booksは当時発売されたAppleのノートパソコン「PowerBook」を前提としており、デスクトップで見るだけではなく外に持ち出して見ることもできた。同時に、Expanded BookはPowerBookに搭載されていたHyperCardというソフトウェアによって動いていた。これは、今でいうハイパーリンクの仕組みであるとともに、誰でもこれを利用して作品をつくることができるオーサリングツールであった。

Expanded Booksは、すぐに日本でも発売される。Voyager社とのジョイント・ベンチャーにより、1992年には株式会社ボイジャーが設立されたのである 。1993年には日本語のためのツール・キットまでリリースされているというから、ずいぶんと本格的に市場開拓が進んだことがわかる。

→株式会社ボイジャー History
http://www.voyager.co.jp/company/history.html

Expanded Booksと関連が深い人物の一人に、富田倫生氏がいる。現在は青空文庫の世話役ということだが、そうした電子書籍に携わるきっかけになったのはExpanded Booksとの出会いだったという。任天堂のウェブサイトにはインタビュー記事も載っている 。青空文庫は、2007年にNintendoDSのソフト「DS文学全集」になったからである。インタビュー記事を読むと、当時は電子書籍というよりは、マルチメディアという言葉が使われていたことがわかる。

→青空文庫 富田倫生氏インタビュー
http://www.nintendo.co.jp/nom/0710/p2/index.html
→電子書籍の先駆者 富田倫生
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20101209/ecn1012091527001-n1.htm

いうまでもなく、このExpanded Booksを通じて電子書籍市場が立ち上がる、ということにはならなかった。今から考えれば理由はいろいろと考えられる。いかに外で見られて自分でもつくれるといっても、今のタブレットのような手軽さはないし、ブログのような気楽さもない。さらに、当時は紙の書籍市場も拡大時期にあった。わざわざ電子書籍を買う人はもちろん、つくろうという企業も少なかったのだろう。