つまり「神の見えざる手」とは、実際には無限のクラウド・ソーシング(外部の不特定多数の“群衆”に業務を委託すること)の集大成であり、個々の細かい意思決定が積み上がった「個々人の合理的な判断の合成」だ(その対極にあるのが「官の見える手」で、税金を使って産業を興したり、公共工事で見かけの経済成長率を上げようとするものである)。