首都大学東京准教授 水越康介(みずこし・こうすけ)●1978年、兵庫県生まれ。2000年神戸大学経営学部卒、05年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。首都大学東京研究員を経て、07年より現職。専門はマーケティング論、消費者行動論。主な著書として、『企業と市場と観察者』『Q&A マーケティングの基本50』『『仮想経験のデザイン』(共著)『マーケティングをつかむ』(共著)など。

 マクドナルドとTSUTAYA

少し時代をさかのぼりながらみてきたが、今回の個別クーポン券の発行は、マクドナルドはもとよりハンバーガー市場の歴史の中で考えてみることができた。短期的なキャンペーンというわけでもなければ、これから仕組みを構築していくというゼロからの出発ではない。

今のマクドナルドは、直接的な値下げはそう簡単にはとらない。そういう経験値を獲得してきたからである。CRMはもとより、他の仕組みも合わせて最先端をいくハイテク企業である。こちらも、そういうマインドを獲得してきたのだろう。

自社だけが変わったわけではない。40年近い歴史の中で、市場の環境もずいぶん変わった。かつてハンバーガー自体が目新しかったであろう顧客の多くは、ハンバーガーを日常的でありふれた商品だと思うようになった。市場はそれだけ成熟し、ずいぶんと寡占化が進んだ。マクドナルドの国内ハンバーガー市場シェアは70%を超えると見られており、一人勝ち状態とさえいえる 。

とすれば、高度な個別クーポン券を用いた顧客の囲い込みは、もはやハンバーガー市場には競合相手のいない孤高の戦略ともいえる。競合からも顧客を奪うことができなくなっているとすれば、既存顧客の単価を上げることを考えても不思議ではない。CRMに期待されているのは、競争対応というよりは収益性の改善ということになる。

もちろん、ハンバーガー市場に競合がいなくとも、他の市場で新しい競合関係が生まれているかもしれない。例えば、それはコンビニエンスストアだ。外食市場が縮小を続けるなか、中食市場をめぐるコンビニとの競合は熾烈さを増している。コンビニ各社がコーヒー強化に動いているのも、マクドナルドのコーヒー戦略が成功していることと無縁ではあるまい。

→コーヒーを突破口に版図拡大を窺うマクドナルドとコンビニ各社
http://president.jp/articles/-/6225

念頭に置いている業種としては、あるいは、TカードやPontaがあるかもしれない。考えてみれば、コンビニエンスストアも、最近はポイントカードの導入に積極的である。クーポンをあくまでロイヤルティプログラムのなかで捉えれば、近年急成長しているこれらのポイントカードの仕組みを無視するわけにはいくまい。ネットで調べてみると、ちょうどネットエイジアによる3年前のアンケート調査結果があった 。ケータイクーポンの利用動向では、マクドナルドとTSUTAYAが二強らしい。とすれば、マクドナルドの狙いは、もはやハンバーガーをたくさん売ることだけにあるわけではないのかもしれない。

「ネットエイジア」
http://www.netasia.co.jp/release/20080805.html

マクドナルドの個別クーポン券について考えるための材料を探してきたが、最後に、2つの点から議論をまとめていくことにしたい。一つは、競合は誰なのかという事業の定義に関わる問題であり、もう一つは、その競合としても捉えられるTSUTAYAの変遷である。