「とりあえずビール!」──居酒屋に入ってまず一言。我々はその店で扱うビールの銘柄を自然と選ぶことになる。飲食店は巨大な試飲の場だ。それだけにテーブルにビールが運ばれてくるまでには、営業マンの熾烈なバトルがある。

もっと「ビールに自由を!」

キリンビールマーケティング(以下、KBM)首都圏販売推進部部長の島田新一は、先述の通り、「リゴレット」の新川が独立したとき、真っ先に物件の話を携えて駆けつけた人物である。

同時に島田は、新丸ビルにある「丸の内ハウス」のフロアプロデュースや東京ビルディングのTOKIAにある「P.C.M.」のプロデュースなど三菱地所と組んだ仕事を数多くこなし、三菱地所の会議にも定期的に参加しているという。しかも、自らプロデュースした店でDJまでやってのけるというから、マルチタレントというべきか、怪人というべきか……。

渋谷駅東口の大型再開発プロジェクト「ヒカリエ」の飲食店争奪戦でも、島田はその怪人ぶりを遺憾なく発揮した。

「ヒカリエの6階と7階のゾーニングとゾーニング・コンセプトは柴田陽子事務所さんがやっていますが、柴田さんは仕事を通しての古い知り合いです」

ヒカリエのゾーニングでコアとなる店舗の経営者にも島田の知り合いは多く、つまり仕事の相手はお友達という世界なのだ。食い込み方のレベルが違う。

「普通はテナントが決まってからヨーイドンで営業をかけますが、はっきり言って同じ地点からスタートしてもなかなか勝てません。デベロッパーさんを味方につけ、他社よりもいかに早く店舗の顔ぶれを把握するかが勝負の分かれ目です」

こうなるともはや個人芸の世界だが、島田の人脈、情報網、そして店舗をプロデュースするセンスは誰でも真似ができる類のものではない。再び、そこまでやるのか……という思いが頭をもたげてくる。KBMの植木宏社長はこう言う。

「そう感じるのは自由ですが、『そこまでやる』ことによって、営業のスキルは確実に上がっていくのです。自分の頭で考えて、臨機応変に動けるようになる。

たとえば、ある飲食店でお客さんが『小さいグラスないの』と言う。店主が300ミリぐらいのグラスに生ビールを注いで出したら、隣のお客さんもそのグラスにしてほしいと言うわけです。それを聞いていた営業マンが、その店のジョッキを小ぶりのジョッキに切り替える提案をしたら、ビールの扱いが2倍になったと。つまり、お客さんがみんな2杯飲むようになったわけですね。実は売り上げって、こんなところに潜んでいるのです」

渋い言葉だ。島田の世界とはまた違った意味での、営業の玄人の世界である。そして、ヒカリエでの取り扱い獲得では、植木の元部下の栗田知明というやはり渋い男が、クリーンヒットを放った。