ドイツのシュバルツヴァルト地方を水源とするドナウ川は、ルーマニアのデルタ地帯の町スリナで黒海に注ぐまで、およそ2850キロメートルという長大な川で、「青きドナウ」ならぬ、実際は「褐色のドナウ」である。

本書はドナウ川の源流から黒海に注ぐ河口に至るまで、ドナウの流れに沿って、各地域の文学、歴史から政治まで、該博な知識を饒舌かつ縦横に語り尽くした文化誌である。特に、ウィーンを経て、ドナウ流域の3分の2に相当するスロバキア、チェコ、ハンガリーからルーマニアの黒海沿岸にいたる各章は、知識のない私には未知の固有名詞ばかりがちりばめられていて、置き去りにされる感もあるのだが、それすら気にならず、詩興がわくほど惹かれる読み物となっている。

ドナウといえば誰しもウィーンを連想するだろうが、オーストリアを流れているのは、全長のおよそ8分の1でしかない。また、詩人ヘルダーリンが、ドイツの父祖たちがドナウ川沿いに進んだ旅を「夏の日々への、太陽の国への、ヘラスとコーカサスへの遠出」と呼んだように、まさにドナウは迂回を繰り返しながら中欧を横断して、黒海に注ぐ川なのである。にもかかわらず、著者はこう記す。

「ドナウはオーストリアの川であって、歴史不信こそまさにオーストリア的である。矛盾を解決するにあたり、弁証法にはよらず、いわば死がより接近してくる未来に歴史をあずけて、そのなかで克服して無化しようとする。(略)旧い帝国の矛盾はそのままに、解決を先送りする。解決はどれも国家の多面性にとって重要な要素の破壊を伴うもの、ひいては国家自体の破壊をもたらす」

地理上で見れば、ユーラシア大陸の半島にすぎないヨーロッパが、20世紀初頭には世界の陸地の40%以上、人口の30%以上を支配下に置いていた。そのヨーロッパの「自殺」のきっかけとなったのが、サラエヴォでのハプスブルク帝国皇太子暗殺である。

ハプスブルク帝国は、多民族、多言語、多宗教の坩堝で、紛争の絶えることがなかった中欧を、半ば放置するような緩やかな統制のもとに支配していた。皇太子の暗殺は第一次世界大戦を誘発し、1918年、ハプスブルク帝国は崩壊。世界の支配者としてのヨーロッパの自殺につながった。以来、中欧は再び絶え間ない紛争を頻発しては、分裂を繰り返している。

著者のマグリスは、アドリア海の最奥部、ハプスブルク帝国と関係の深かったイタリアの港湾都市トリエステに生まれた。ハプスブルク家をはじめとする中欧の文化への造詣によって、ノーベル賞候補にもおされた知識人である。

本書の原著が書かれたのは86年であるが、EUの将来が危ぶまれている現在のヨーロッパの姿を予見しているようにも読める。