2012年9月7日(金)

男に愛され80年。東京「唐揚げ」物語

dancyu 2012年5月号

沼由美子=文 牧田健太郎=撮影

ここ数年、街中の唐揚げ熱が高まっている。2009年に鶏肉消費量日本一を誇り、“唐揚げの聖地”と称される大分県中津市の唐揚げ専門店が東京へ進出してきたことを皮切りに、テイクアウト専門の唐揚げ店が急増。醤油だれや塩だれ、にんにくだれといった各店自慢のたれで勝負をかける。北海道の「ザンギ」や、一羽の半身を豪快に揚げてカレー粉と塩で食べる新潟の「半身揚げ」なども登場し、右にも左にもバラエティー豊かな唐揚げが台頭しているのだ。

品書きは唐揚げと酒のみ。
素揚げの塩味が基本

唐揚げブームの最たる舞台、東京オリジナルの唐揚げはないかと見渡してみると、一つのスタイルが見つかったではないか! 戦前に創業したという立石「鳥房」や昭和37年創業の自由が丘「とよ田」に代表されるような、素揚げのスタイルである。

衣をつけず鶏をじっくりと揚げ、塩のみで味つけしたもので、シンプルなことこの上ない。フォルムも特徴的で、背骨から真っ二つに分けた半身、もしくはその半身を上半身の「ムネ」、下半身の「モモ」に分けた大ぶりなものだ。

2010年10月に開店の唐揚げ専門店「うえ山」を訪ねてみた。メニューは唐揚げと酒のみ。「これぞ専門店!」と拍手を送りたくなるような潔さである。注文から待つこと15分。まな板のような皿の上に堂々と君臨する揚げたてのムネとモモが運ばれてきた。たれも何もつけずアツアツを大きくむしり、手づかみでかぶりつく。見慣れた一口大の唐揚げとは違って全体の形を見定めながら食べ進めるため、ここは皮の旨味も加わる手羽、ここは淡白なささみ、モモの肉はムネに比べてとってもジューシーなんだ、なんて部位ごとに異なる味わいや食感を存分に堪能できる。

衣がない分さっぱりと軽く、ビールや酎ハイはもとより、燗酒なんかと合わせてしっとりやるのもいい。無心に食べ進むうちに圧倒的な唐揚げの存在感があった皿の上は、骨数本が残るのみとなってしまった。じっくり時間をかけて揚げているから、小骨や軟骨、さらには骨の髄(!)までも食べられるというわけだ。仕上げにはこの骨でとるスープがサービスされ、まさに余すところがない。

酒が進む最高のつまみに。首はせせりといわれる数少ない部位。骨を叩いて食べやすくしてあり、丸ごとバリバリと頬張れる。

店主の植山正勝さんによると、実は開店の背景には今はなき幻の名店の存在があるという。店の名は「奈加川」といい、蒲田で戦後まもなく創業した。選び抜いた鶏肉専門店からひな鳥の朝絞めの丸鶏を仕入れ、店主自ら解体して素揚げにする。数十年にわたって毎週半羽分の唐揚げを食べに通う70代のご隠居がいたり、あまりの旨さにムネ、モモ合わせて7個も平らげた客がいたり、と数々の逸話が残る。主人が他界した後は女将が丸鶏からさばく唐揚げ一本で、約10年間暖簾を守ってきたが、立ち退きを迫られ、2009年にその歴史に終止符を打つこととなった。

客として30年以上通っていた植山さんは「この味を途絶えさせてしまうのは忍びない」と、女将公認のもと、唐揚げを継承することを決意する。シンプルに見えても手間がかかり、たやすく再現できるものではない。試行錯誤を繰り返し、揚げ方や鍋の形、油の量、血合いが残らず満遍なく火が通る包丁の入れ方といった女将の教えを受け、創業約50年の伝説の店の味を再現したのである。

酒とともに提供されてきたそれには、揚げ物でありながらしみじみとした旨さがあって、昨今主流の唐揚げとは一線を画す。地方の唐揚げが賑わう中、これこそ“東京流唐揚げ”と胸を張って名乗れるものなのではないだろうか。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

沼 由美子