一時は「事業仕分け」の対象になったスパコン「京」は、2011年6月、11月に世界最高速を記録して世界一に輝いた。今までのビジネスの常識を変えるとされる「スパコン」の最前線に迫る。

「何度となく死線をさまよった」

ここで、スパコン製造の過程をみていきたい。コンピュータの中枢であるCPU(中央演算処理装置)。巨大なサーバーの集合体である「京」には、8万6000個のCPUが存在するが、これらのCPUが一つとして誤作動なく、長時間、正確に稼働しなければならない。ここにスパコンを製造する難しさがある。

(写真上)「京」の864台の筺体が巨大な空間に並ぶ。これらがすべて稼働し、「京」の能力が発揮される。(写真左下)1筺体当たりの重さは1tあり、24枚のシステムボードが内蔵されている。(写真右下)「京」がある神戸市の計算科学研究機構。

「中国の稼働時間は約6時間くらいですが、『京』はその4.66倍の28時間にわたり安定して稼働し続けることができる。こうした信頼性は日本の技術者、富士通の技術者の水準の高さを表していると思う」

山本社長がこう誇らしげに語る、富士通の技術者たちの卓越した技量を現場で体現し、“日本の宝”と称される技術者がいる。次世代テクニカルコンピューティング開発本部長、追永勇次である。

次世代テクニカルコンピューティング開発本部本部長
追永勇次

追永の頭の中には、半導体の設計図が詳細に記憶されているといわれている。追永は、ハードウエアで300名程度、ソフトウエアでは約200名、合計500名程度もの技術者たちを束ねて、「京」プロジェクトを進めてきた。追永の部下たちへの要求は厳しく、掲げる目標も高い。そして、追永は自身にも、同じような要求を課し、富士通に入社以来、社内の大型開発案件を6~7つこなしてきた。

「米IBMより、優れたものを開発することが使命と感じていた」

という追永。スパコンの開発は、死を賭しての闘いの連続だった。ハードな仕事で「何度となく、死線をさまよった」と述懐する追永に、技術者にとっての資質は何かと問うた。追永はこう答えた。

「問題が起きたら前面に立つ。解決するまで立ち続ける。決して逃げないこと」

開発の最中のことだ。追永の耳には10ぺタフロップス(1ぺタフロップスは浮動小数点演算を、1秒間に1000兆回行う)を目指していた米IBMのスパコン「ブルーウォーターズ」が開発を断念したという噂が流れてきた。当時の状況を追永はこう述懐する。

「あの米IBMでも10ぺタフロップスの開発を断念した。自分たちが目指す『京』は10ぺタフロップスだっただけに、一層の緊張を強いられました」