「あなたの本だけは飾ってあるのよ」

「経営の分野に対する多大なる貢献を感謝する」——一度は対立した相手の思い出のサイン。大前さんの仕事場の机の中にそれは置かれている。

こうして『企業参謀』の海外版、『The Mind of The Strategist』は無事名門マグロウ・ヒルから出版された。それから十年ぐらいしてボストンにある産業機器メーカー、テレダイン社のダービロフ会長室を訪ねたら、私の本が置いてあった。その頃には私も世界的に名前を知られるようになっていたから買って読んだのだろうと思ったら、あのピーター・ドラッカーからもらったという。

「これからは日本の時代だよ。これはいい本だから」と手渡されたというから驚いた。自分が文句を付けたことなどすっかり忘れているらしい。

その後、ドラッカーとは世界中の講演会場でよく顔を合わせるようになり、ドサ回りの同業者同士、自然と仲良くなった。

思い出深いのは彼の90歳の誕生日である。その頃には足腰がだいぶ衰えてドサ回りができなくなり、彼は衛星中継で講演会場に顔を見せることが多くなっていた。

米クレアモント大学で開かれた誕生会に私はメインゲストのような形で呼ばれて、夕食の時ドラッカーと彼の妻クレアの間の席に座った。

「あなたのことをピーターは高く買っているみたい。他の人から送られてきた本はすぐに捨てるくせに、あなたの本だけは目の前に飾ってあるのよ」

クレアからそう聞かされて、『The Mind of The Strategist』に文句をつけられた最悪の出合いを思い返した。

さすがに老い先長くなさそうだし、誕生日の記念にドラッカーからサインをもらおうと思ったが、手頃な用紙がない。仕方ないから、自分の名前が書かれたネームプレートの紙片を差し出して、「これにサインしてくれ」と頼んだ。するとドラッカーはサインと一緒に、こんな裏書をしてくれた。

「To Kenichi Ohmae in particular appreciation for your contribution to management(大前研一へ、経営の分野に対する多大なる貢献を感謝しつつ……)」

それから4年後の2005年11月、ピーター・ドラッカーは95年の生涯を閉じた。

次回は「『企業参謀』誕生秘話(5)—もしもこの本がなかったら」。9月3日更新予定です。

(小川 剛=インタビュー・構成)