これまで何万回往復したかわからない、みゆきがはらスイミングスクールのプール。撮影のため、いつもの3コースをゆっくりと泳ぐ姿は、とても静かで美しい。ひとたびギアが入ると、その泳ぎはまるで獣のように荒々しくなる。

公介は、スクールで仲間と一緒に泳ぐことを楽しんだ。順調に記録を伸ばし続けていたが、あるときからひざに鈍い痛みを感じるようになった。中学2年の冬、生まれて初めて体にメスを入れた。

手術後に待っていたのは、筋トレを中心とした苦しいリハビリだった。プールサイドにあるトレーニングルームで、6週間もリハビリに励んだ。それだけ長い間プールに入らなかったのは、水泳を始めてから初めての経験だった。

「このままリハビリを続けても、以前のように泳げないかもしれない。そんな考えが頭をよぎったこともありましたが、どうにか復活して、またレースの舞台に立とうと思っていました」

公介は、そう振り返る。

リハビリ明けの復帰戦。洋一は「見守ってやりたい」と観戦に出かけた。貴子は仕事の都合で行かなかったが、理由は別にあったと告白する。

「以前とは同じように泳げないかもしれない。そう思うと、かわいそうで見ていられなかったんです」

レース直前の公介は、いつになく身も心も軽く感じていた。

「手術をして、一度ゼロに戻ったようなもの。気負わず泳ごう」

種目は得意の50メートル背泳ぎ。結果は1位、しかも中学の日本記録を更新するおまけつきだった。結果を知らせる洋一からのメールに貴子は泣いた。

復活した公介は国内外のレースで次々と好記録を重ね、やがて日本代表の合宿にも参加するようになった。「同じコウスケだな」と声をかけてくれたのは、3大会連続で五輪に出場している北島康介。あこがれの金メダリストと一緒に練習できることがうれしかった。