「資格の一つも持っていないんですか」

しかし、再就職のあてはなかった。

「12月中に転職サービス会社に登録してみたのですが、40代で部長という条件を見ただけで『あいにく用意できるポストはありません』。だから厳しいんだろうな、とは思っていました」

だが、求職市場の冷え込みは櫻井さんの想像以上だった。ハローワークに行っても、まず相手にはされない。

「最初に希望年収を聞かれるので、控えめに『500万円』と書いたら『そんな仕事、あるわけないでしょう!』と叱られました。管理職経験者を対象にした人材銀行という窓口があるのですが、そこへ行ってみると『その年齢で管理職もやっていて、資格の一つも持っていないんですか!』と、また叱られました。嫌味なもの言いに腹が立つというより、呆然としました。僕のほうに常識がなかったんでしょうね」

そこから櫻井さんは「資格」に目覚めた。しかも、ホワイトカラー向きの社会保険労務士や税理士などではない。

「昔から気になっていた」という電気工事関連の資格である。

「いま目指しているのは、通称『電験三種』といわれる第三種電気主任技術者です。本来は電力会社のエンジニアが取得する資格ですが、これを持っていると年齢がいくつになってもビル管理の仕事などに就きやすいんです。それで勉強を始めたんですが、やってみると楽しいですよ」

いま櫻井さんは、電験三種の勉強のため、水筒2本に麦茶をつめて自宅近くの図書館へ毎日通っている。お昼にはいったん帰宅するが、閉館時間まで約10時間を勉強にあてる。

むろん資格を生かして働きたいという希望はある。だが「社会復帰に備えて集中力を途切らせないようにしたい」というのが、櫻井さんが勉強に打ち込むための隠れた目的である。

「働き盛りの年齢なのに無職でぶらぶらしていると、社会から弾き出されたような気持ちになって、いても立ってもいられないんです。このままだらけた生き方をしてしまったら、社会復帰できないんじゃないかという恐怖がありますね」

幸い妻は、激務に愚痴をこぼしながらも、年収1000万円の仕事を続けている。当面は生活に困ることはないし、恵まれているほうだろう。

しかし「仕事人間だった」という櫻井さんが自分自身を保つには、手ごたえのある仕事を早く見つけることが必要なのだ。

※すべて雑誌掲載当時

(尾関裕士、澁谷高晴=撮影 藤川 太=モデル家計簿作成・解説)