昭和38年に通産省は自動車3グループ構想を打ち出した。日本では自動車会社が乱立し、とても欧米の巨大自動車会社には勝てないという前提で、乗用車、トラック、軽自動車とそれぞれの専門会社に分けるという構想である。しかし、本田宗一郎が率いるホンダをはじめ、4位以下の日本の自動車メーカーはこれに反発して今日の隆盛を築いた。